っと細目にあけると、その隙間から灰のような細かい雪が眼つぶしのようにさっと吹き込んで来た。片手にはピストル、片手はハンカチーフで眼をぬぐいながら、堀部君は扉のあいだから表を覗くと、外は一面に白かった。
どちらから吹いて来る風か知らないが、空も土もただ真っ白な中で、そこにもここにも白い渦が大きい浪のように巻き上がって狂っている。そのほかにはなんの影も見えないので、堀部君は案に相違した。なんにも居ないらしいのに安心して、李太郎は思い切ってその扉を大きく明けると、氷のように寒い風が吹雪と共に狭い土間へ流れ込んで来たので、ふたりは思わず身をすくめる途端に、李太郎は小声であっ[#「あっ」に傍点]と言った。そうして、力いっぱいに堀部君の腕をつかんだ。
「あ、あれ、ごらんなさい。」
彼が指さす方角には、白馬が跳《おど》り狂っているような吹雪の渦が見えた。その渦の中心かと思うところに更に、いつそう白い影がぼんやりと浮いていて、それは女の影であるらしく見えたので、堀部君もぎょっとした。ピストルを固く握りしめながら、息を殺して窺っていると、女のような白い影は吹雪に揉まれて右へ左へただよいながら、門内の空地《あきち》をさまよっているのであった。雪煙りかと思って堀部君は眼を据えてきっと見つめていたが、それが煙りかまぼろしか、その正体をたしかめることが出来なかった。しかし、それが人間でないことだけは確かであるので、馬賊の懸念はまず消え失せて、堀部君もピストルを握った拳《こぶし》がすこしゆるむと、家のなかから又もや影のように迷い出たものがあった。
その影は二人のあいだをするりと摺りぬけて、李太郎のあけた扉の隙間から表へふらふらと出ていった。
「あ、姑娘《クーニャン》。」と、李太郎が小声でまた叫んだ。
「ここの家《うち》の娘か。」
あまりの怖ろしさに李太郎はもう口がきけないらしかった。しかしそれが家の娘であるらしいことは容易に想像されたので、堀部君はピストルを持ったままで雪のなかへ追って出ると、娘の白い影は吹雪の渦に呑まれて忽《たちま》ち見えなくなった。
「早く主人に知らせろ。」
李太郎に言い捨てて、堀部君は強情に雪のなかを追って行くと、門のあたりで娘の白い影がまたあらわれた。と思うと、それは浪にさらわれた人のように、雪けむりに巻き込まれて門の外へ投げやられたらしく見えた。門は幸いに低
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