別に悪くはない。それが母をうしなって不自由であるから嫁を貰いたいという。まことに道理《もっとも》のことであるから、なんとかしてやろうと請け合っておいて、村の重立った者にそれを相談すると、誰も彼も首をかしげた。
「まったくあの男も気の毒だがなあ。」
 気の毒だとは言いながら、さて自分の娘をやろうとも、妹をくれようともいう者はないので、庄屋も始末に困っていると、そのなかで小利口な一人がこんなことを言い出した。
「では、どうだろう。このあいだから重助の家に遠縁の者だとかいって、三十五六の女がころげ込んでいる。なんでもどこかのだるま茶屋に奉公していたとかいうのだが、重助に相談してあの女を世話してやることにしては……。」
「だが、あの女には悪い病いがあるので、重助も困っているようだぞ。」と、またひとりが言った。
「しかし、ともかくもそういう心あたりがあるなら、重助をよんで訊いてみよう。」
 庄屋はすぐに重助を呼んだ。彼は、水呑み百姓で、一家内四人の暮らしさえも細ぼそであるところへ、この間から自分の従弟《いとこ》の娘というのが転げ込んで来ているので、まったく困るとこぼし抜いていた。娘といってもことし三十七で、若いときから身持が悪くて方々のだるま茶屋などを流れ渡っていたので、重い瘡毒《かさ》にかかっている。それで、もうどこにも勤めることが出来なくなったので、親類の縁をたよって自分の家へ来ているが、達者なからだならば格別、半病人で毎日寝たり起きたりしているのであるから、世話が焼けるばかりで何の役にも立たない。と、かれは庄屋の前で一切《いっさい》を打明けた。
「半病人では困るな。」と、庄屋も顔をしかめた。「実は嫁の相談があるのだが……。」
「あんな奴を嫁に貰う人がありますかしら。」と、重助は不思議そうに訊いた。
「きっと貰うかどうかは判らないが、あの吉次郎が嫁を探しているのだ。」
「はあ、あの蛇吉ですか。」
 蛇吉でも何でも構わない。あんな奴を引取ってくれる者があるならば、どうぞお世話をねがいたいと重助はしきりに頼んだ。しかし半病人ではどうにもならないから、いずれ達者な体になってからの相談にしようと、庄屋は彼に言い聞かせて帰した。
 それから半月ほど経って、重助は再び庄屋の家へ来て、女の病気はもう癒ったからこのあいだの話をどうぞまとめてくれと言った。彼は余程その女の始末に困っているら
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