れば誰にでも出来そうなことで、特に蛇吉の手腕を認めるわけにはいかないが、第二の方法は彼でなければ殆んど不可能のことであった。たとえばうわばみが村のある場所にあらわれたという急報に接して、今更にわかにおとし穴を作ったり、例の秘薬を焼いたりしているような余裕のない場合にはどうするかというと、彼は一挺の手斧《ちょうな》を持ち、一つの麻袋を腰につけて出かけるのである。麻袋の中には赭土《あかつち》色をした粉薬《こなぐすり》のようなものが貯えてあって、まず蛇の来る前路にその粉薬を一文字にふりまく。それから四、五間ほど引下がったところにまた振りまく。さらに四、五間離れたところにまたふり撒く。こうして、蛇の前路に三本の線を引いて敵を待つのである。
「おれはきっと二本目でくい止めてみせる。三本目を越して来るようでは、おれの命があぶない。」
かれは常にこう言っていた。そうして、かの手斧を持って、第一線を前にして立っていると、うわばみは眼をいからせて向って来るが、第一線の前に来てすこし躊躇する。その隙をみて、かれは猶予なく飛びかかって敵の真っ向をうち砕くのである。もし第一線を躊躇せずに進んで来ると、彼は後ろ向きのままで蛇よりも早くするすると引下がって、更に第二線を守るのである。第一線を乗り越えた敵も、第二線に来るとさすがに躊躇する。躊躇したが最後、蛇吉の斧はその頭の上に打ちおろされるのである。彼の言う通り、大抵のうわばみは第一線にほろぼされ、たとい頑固にそれを乗り越えて来ても、第二線の前にはかならずその頭をうしなうのであった。
口でいうとこの通りであるが、なにしろ正面から向って来る蛇に対してまず第一線で支え、もし危いと見ればすぐに退いて第二線を守るというのであるから、飛鳥といおうか、走蛇といおうか、すこぶる敏捷に立廻らなければならない。蛇吉の蛇吉たるところはここにあると言ってよい。
ところが、ある時、その第二線をも平気で乗り越えて来た大蛇があったので、見物している人々は手に汗を握った。蛇吉も顔の色を変えた。彼はあわてて退いて第三線を守ると、敵は更に進んで乗り越えた。
「ああ、駄目だ。」
人々は思わず溜息をついた。
蛇吉が退治に出るときは、いつでも赤裸《あかはだか》で、わずかに紺染めの半股引を穿いているだけである。きょうもその通りの姿であったが、最後の一線もいよいよ破られて万事休
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