は無駄だからやめろというのです。それだけならばよかったのですが、さぞ寒いだろう、ここへ来て炬燵にあたれと言ってくれました。相手は冗談半分に言ったのでしょうが、それを聞いてわたしは無暗に嬉しくなりまして、からだの雪を払いながら半分は夢中で縁側へあがりました。灰のような雪が吹き込むので、すぐに雨戸をしめて炬燵のそばへはいり込むと、御新造はわたしの無作法に呆れたようにただ黙ってながめていました。まったくその時にはわたしも気が違っていたのでしょう。」
 死にかかっている座頭の口から、こんな色めいた話を聞かされて、平助じいさんも意外に思った。

     三

 座頭はまた語りつづけた。
「わたしはこの途《ず》を外してはならないと思って、ふだんから思っていることを一度にみんな言ってしまいました。家来に口説かれて、御新造はいよいよ呆れたのかも知れません。やはりなんにも言わずに坐っているので、わたしは焦れ込んでその手を捉えようとすると、御新造は初めて声を立てました。その声を聞きつけて、ほかの者も駈けて来て、有無《うむ》をいわさずに私を縛りあげて、庭の立木につないでしまいました。両手をくくられて、雪のなかにさらされて、所詮《しょせん》わが命はないものと覚悟していると、やがて主人は城から退《さが》って来ました。主人は子細を聞いて、わたしを縁先へ引出させて、貴様のような奴を成敗するのは刀の汚れだから免《ゆる》してやるが、左様な不埒な料簡をおこすというのも、畢竟《ひっきょう》はその眼が見えるからだ。今後ふたたび心得違いをいたさぬように貴様の眼だまをつぶしてやると言って、小柄《こづか》をぬいてわたしの両方の眼を突き刺しました。」
 今もその眼から血のなみだが流れ出すように、座頭は痩せた指で両方の眼をおさえた。平助もこのむごたらしい仕置《しおき》に身ぶるいして、自分の眼にも刃物を刺されたように痛んで来た。彼は溜息をつきながら訊いた。
「それからどうしなすった。」
「にわか盲にされて放逐されて、わたしは城下の親類の家へ引渡されました。命には別条なく、疵の療治も済みましたが、にわか盲ではどうすることも出来ません。宇都宮に知りびとがあるので、そこへ頼って行って按摩の弟子になりまして、それからまた江戸へ出て、ある検校《けんぎょう》の弟子になりました。二十二の春から三十一の年まで足かけ十年、そのあいだ
前へ 次へ
全128ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング