たりを火葬にしてしまったのです。旅びとは何者だか判りませんが、おそらく長髪賊の余類だろうということです。江南の賊が満洲へ逃げ込んで来るのもおかしいように思われますが、ここらではそう言っているのです。
 いずれにしても、旅びとは死んで金袋は残った。無事旅びとを助けてやれば、その半分を貰うはずでしたが、相手がみな死んでしまったので、その金は丸取りです。金高はいくらだか知りませんが、徐の家がにわかに工面《くめん》よくなったのは事実で、近所でも内々不思議に思っていると、その以来、徐の瓦竈にはさまざまの奇怪なことが起ったのです。
 まず第一は瓦が満足に焼けないで、とかくに焼けくずれが出来てしまうことですが、さらに奇怪なのは窯変《ようへん》です。御承知でもありましょうが、窯変というのは竈の中で形がゆがんでさまざまの物の形に変るのをいうので、数ある焼物のうちに稀にそういうこともあるものだそうですが、徐の家の竈にはその窯変がしばしば続いて、もとより瓦を焼くつもりであるのに、それを竈から取出して見ると、たくさんの瓦がみな人間の顔や手や足の形に変っている。
 それがまた近所の噂になって、徐のうちの窯変には何かの子細があるらしいと噂されているうちに、或る日その若いせがれが竈の中で焼け死んでいるのを発見した。弟が竈にはいっているのを知らないで、兄が外から戸をしめて火をかけたとかいうのです。つづいてその兄も発狂して死ぬというわけで、不幸に不幸が重なって来ました。
 それでも主人は強情に商売をつづけていたが、相変らずの窯変がつづくのでどうすることも出来ない。結局根負けがして瓦屋を廃業して、土地や畑を買って農業を営むこととなったが、その後は別に異変もなく、むしろ身上《しんしょう》は大きくなる方で、それから十年あまりの後に主人は死んだ。その死にぎわにいろいろのことを口走ったので、瓦竈の秘密が初めて世間に洩れたというのですが、何分にも十年余の昔のことでもあり、確かな証拠もないことですから、それは単に重病人の譫言《うわごと》というだけで済んでしまったそうです。しかし、かの窯変といい、兄弟の死に方といい、それは事実に相違ないと近所の者は今でも信じているのです。
 兄弟のせがれは父よりも早く死んだので、徐の家では女の子を貰ってそれに婿を取ったのですが、それも主人が死んでから二、三年の後には夫婦ともに死ぬ。
前へ 次へ
全128ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング