が、ひとりならず、姉妹揃っておなじ恋煩いというのも少しおかしい。勿論、ふたりともにどっと寝付いているというわけでもなく、天気のいい日や、気分のいい日には、寝床から起き出して田圃《たんぼ》や庭などをぶらぶら歩いているのであるが、それでも病人は病人に相違ないので、親たちの苦労は絶えなかった。
そうすると、親たちにもいろいろの迷いが出る。土地の者もいろいろのことを言いふらすようになる。由井の家の娘には何かの憑物《つきもの》がしているか、さもなければ由井の家に何か祟っているのであろうという噂が、それからそれへと拡がって行くので、親たちもそれを気に病んで、神主や僧侶や山伏や行者《ぎょうじゃ》などを代るがわるに呼び迎えて、あらゆる加持祈祷をさしてみたが、いずれも効験がない。そのうちに、下男のひとりがこういう秘密を主人夫婦にささやいた。
その下男は夜半《よなか》に一度ずつ屋敷内を見まわるのが役目で、師走《しわす》の月の冴えた夜にいつもの通り見まわって歩くと、裏手の古井戸のそばに二人の女の立っている姿をみつけた。夜目遠目《よめとおめ》ではあるが、今夜の月は明るいので、その女たちが主人の娘ふたりに相違ないことを早くも知って、彼は不思議に思った。大きい木のかげに隠れて、なおもその様子をうかがっていると、姉妹は手を引合ってむつまじく寄り添いながら、一心に井戸の底をのぞいているらしかった。まさかに身を投げるのでもあるまいと油断なく窺っていると、やがて姉妹は嬉しそうに笑いながら、手を引合ったままで内へはいった。
下男の密告は単にそれだけに過ぎないが、考えてみると、不審は重々《じゅうじゅう》であると言わなければならない。若い女、ことに半病人の女たちが、なんの用があって寒い夜ふけに裏口へ出て、古井戸のなかを覗いているのかと、吉左衛門夫婦も眉をひそめた。そこで、その下男に言いつけて、あくる夜もそっと井戸のあたりに忍ばせておくと、その晩も夜のふけた頃にかの姉妹が手を引合って出て来た。そうして、ゆうべと同じように井戸をのぞいて、やはり嬉しそうに帰って行くのであった。
こういう不思議な挙動がふた晩もつづいた以上、親たちももう打ち捨てておくわけにはいかなくなった。しかし姉妹ふたりを一緒に詮議してはかえって実《じつ》を吐くまいと思ったので、吉左衛門夫婦はまず妹のおつぎを問い糺《ただ》すことにした。年
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