隅から縄を持ち来り、高田に手伝いて男を縛りあげる。下のかたより會徳を先に、近所の男三人出づ。)
會徳 (窓から覗く。)もし、泥坊が這入ったかな。
李中行 むむ、この通りだ。
(會徳等も窓から飛び込む。柳もランプをとぼして出で、室内は明るくなる。)
會徳 どろばうは這奴ひとりか。
李中行 もう一人いたらしいが、先へ逃げてしまったのだ。
高田 此頃はここらへも馬賊が入り込んで来たというから、こいつ等もその同類かも知れませんよ。
柳 (中二をみつけて叫ぶ。)もし、おまえさん。中二が倒れていますよ。
李中行 なに、中二が……。
(人々も中二に眼をあつめる。)
男甲 なるほど、中二さんが倒れている。
男乙 もしや怪我でもしたのではないか。
男丙 なんだか苦しそうに唸っているようだぞ。
李中行 (中二をかかえ起す。)これ、どうした、どうした。
中二 (唸る。)むむ、ピストルで……。
高田 え、ピストルで……。(これも進みよって抱えあげる。)して、どこを撃たれたんです。
中二 脇腹を……。
高田 それはいけない。(會徳等に。)誰か早く町へ行って、医者を呼んで来てくれませんか。僕の工場のすぐ傍に病院がありますから……。いや、君達じゃあ判らないかも知れない。僕が行って来よう。
(高田は立ちかかれば、中二はズボンをつかむ。)
中二 まあ、待ってくれ給え……。待ってください。僕は……私はもう助からないかも知れない。
高田 なに、ピストルの弾《たま》の一つぐらい……気の弱いことを云っちゃいけない。大丈夫……大丈夫だ。
中二 それにしても……ちょっと待って……。実は私は……傷害保険を付けています。三千円……。
高田 傷害保険……三千円……。
中二 親父はまだ知りますまいが、その保険の受取人は親父の名前になっているのです。万一わたしがこのまま死んでしまった暁には……あなたが万事の手続きをして……その三千円をうけ取って……おやじの手へ渡して遣ってください。お願いです。
高田 判りました、判りました。承知しました。
中二 それから貯蓄銀行に……わたしは二百円ほどの金を預けてあります。それも一緒に受取って遣って下さい。(云いかけて弱る。)
高田 (耳に口をよせて。)承知しました。保険が三千円、貯蓄銀行の預金が二百円……。もうそれぎりですか。
中二 それぎりです、それぎりです。……どうぞ宜しく願います
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