うに黙っている。下のかたより會徳を先に村の男村の女出で、窓の外より内を窺う。)
李中行 (いよいよ亢奮して。)さあ、今度は誰だ……。誰だ……。だれの命が四千両と引換えになるのだ。
(李は狂うように立ちかかるを、三人は捨台詞にておさえる。會徳等は内をのぞいて不安らしく囁き合う、家々の砧の音高くきこゆ。)
[#地から1字上げ]――幕――
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第三幕の登場人物
李中行
その妻 柳
そのせがれ 中二
高田圭吉
村の男 會徳
第一の男
第二の男
ほかに村の男三人
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第三幕
おなじく李中行の家。
第二幕より更に十五日の後。小雨ふる宵。
(李中行と高田圭吉が卓の前に向い合っている。卓の上には小さいランプが置いてある。薄く雨の音、虫の声さびしく聞《きこ》ゆ。)
高田 (立ちかかる。)相変らずお邪魔をしました。
李中行 (あわてて引留めるように。)まあ、もう少し話して行ってください。お前さんが帰ってしまうと、急にさびしくなっていけない。中二が来るまで待っていて下さいよ、お願いですから……。
高田 (躊躇して。)中二君は今夜も来るんですか。
李中行 来ます、来ます。ゆうべは店の都合で出られなかったが、今夜はきっと来ると云っていました。今夜は泊るでしょう。
高田 泊るんですか。
李中行 なにしろ、娘がああ云うことになってしまって、わたし達ふたりでは寂しくって仕様がないので、主人にも訳を話して、当分は一晩置きぐらいに泊りに来て貰うことにしているのです。それだから、今夜は屹《きっ》と泊りに来ますよ。(寝室をみかえる。)あの一件以来、女房は半病人のような姿でぼんやりしている。私ひとりでは何《ど》うにもなりませんからね。
高田 (嘆息して。)察していますよ。
李中行 察してください。今度のことに就いて、誰でも皆んな気の毒だと云っては呉れるが、そのなかでも本当にわたし達の心を察してくれるのは、高田さん、お前さんばかりだ。ねえ、そうでしょう。お前さんが毎日墓参りに行ってくれるので、娘もどんなに喜んでいるか知れませんよ。(声を陰らせる。)あんなことさえ無ければ、ねえ、お前さん。近いうちに、おたがいに親類になれるのだったが……。
高田 あれ以来、僕も何だか大連にいるのが忌《いや》になったので、いっそ内地へ帰って仕舞おうかとも思ったんですが、帰った
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