)彼女はこなかった。
 コスモはもう破滅の状態にあった。彼女との恋について、自分の敵があるという考えが浮かんでからは、一瞬時も心を落ちつけていることは出来なかった。今までよりいや増して、彼は彼女に眼《ま》のあたり逢いたく思った。彼は自分に言い聞かせた。もし、自分の恋が失敗であるならばそれでいい。その時はもうこのプラーグの町を去るだけである。そうして、何かの仕事に絶えず働いて、いっさいの苦《く》を忘れたい。それがすべて悲しみを受けた者のゆくべき道である。
 そう思いながらも、彼は次の夜も言いがたい焦燥《しょうそう》の胸をいだいて、彼女のくるのを待っていた。しかし、彼女はこなかった。

       四

 今はコスモも煩《わずら》う人となった。その恋に破れた顔色を見て、仲間の学生たちがからかうので、彼はついに教授に出ることをやめて、契約もまた破れてしまった。彼はもう何もいらないと思った。偉大なる太陽の輝いている空も――心のない、ただ燃えている砂漠であった。町を歩いている男も女も、ただあやつりの人形を見るようで、なんの興味もなかった。彼にとってすべてのものは、ただ写真のすりガラスにうつる絶
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