れが彼の趣味と性格の一面に合致しているので、彼は更にこの古い鏡に対して一段の興味を増した。こうなると、どうしてもこれを手に入れて、自分の暇をみてその縁《ふち》の彫刻を研究したくなったのである。
しかし、彼はこの鏡を普通の日用にするような顔をして、これはずいぶん古いから長く使用にたえないだろうと言いながら、その面《おもて》の塵《ちり》を少しばかり拭いてみると、彼は非常に驚かされたのである。鏡の面はまばゆいほどに輝いていて、年を経たがために傷んでいる所もなく、すべての部分が製作者から新しく受け取ったと同様に、清らかに整っているのである。彼はまず主人にむかってその値《あた》いを訊《き》いた。
老人は貧しいコスモがとても手を出せないような高値を吹いたので、彼は黙ってその鏡を元のところに置いた。
「お高うございましょうか」と、老人は言った。
「どうしてそんなに高いのか、理屈がわからないな」と、コスモは答えた。「わたしの考えとはよほどの距離があるよ」
老人は灯をあげて、コスモの顔を見た。
「旦那は人好きのするかただ」
コスモはこんなお世辞にこたえることのできない男である。彼はこのとき初めて老人の顔を間近に見たのであるが、それが男だか女だか分からないような、一種の忌《いや》な感じを受けた。
「あなたのお名前は……」と、老人は話しつづけた。
「コスモ・フォン・ウェルスタール」
「ああ、そうでしたか。なるほど、そういえばお父さんに肖《に》ておいでなさる。若旦那、わたくしはあなたのお父さんをよく存じておりますよ。実をいうと、このわたくしの家《うち》の中にも、あなたのお父さんの紋章や符号のついた古い品がいくつもあります。そうでしたか。いや、わたくしはあなたが気に入った。それでは、どうです。言い値の四分の一で差し上げることにいたしましょう。但し、一つの条件付きで……」
それでもコスモにとっては重大の負担であったが、そのくらいならば都合が出来る。ことに途方《とほう》もない高値を吹かれて、とても手がとどかないと思ったあとであるから、いっそうそれが欲しくなった。
「その条件というのは……」
「もしあなたがそれを手放したくなったらば、初めにわたくしが申し上げただけの金をわたくしにくださるように……」
「よろしい」と、コスモは微笑しながら付け加えた。「それはまったく穏当な条件だ」
「では、
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