かったり、または非常な心配事に出逢ったりする場合には、骨身を惜しまずに尽くしてくれるものである。
 ドクトル・ヘザーレッグは普通の開業医であるが、内職に自分の家《うち》に病室を設けていた。彼の友人たちはその設備を評して、もうどうせ癒《なお》らない患者のための馬小屋だといっていたが、しかし実際|暴風雨《あらし》に逢って難破せんとしている船にとっては適当な避難所であった。印度の気候はしばしば蒸し暑くなる上に、煉瓦づくりの家の数が少ないので、唯一《ゆいいち》の特典として時間外に働くことを許可されているが、それでもありがたくないことには、時どきに気候に犯されて、ねじれた文章のように頭が変になって倒れる人たちがある。
 ヘザーレッグは今まで印度へ来ていたうちでは一番上手な医者ではあるが、彼が患者への指図といえば、「気を鎮めて横になっていなさい」「ゆっくりお歩きなさい」「頭を冷やしなさい」の三つにきまっている。彼にいわせれば、多くの人間はこの世の生存に必要以上の仕事をするから死ぬのだそうである。彼は三年ほど以前に自分が治療したパンセイという患者も、過激な仕事のために生命を失ったのだと主張している。むろん、彼は医者としてそういうふうに断定し得る権利を持っているので、パンセイの頭には亀裂《ひび》が入って、そこから暗黒世界がほんのわずかばかり沁み込んだために、彼を死に至らしめたのだという私の説を一笑に付《ふ》している。
「パンセイは故国を長くはなれていたのが原因で死んだのだ」と、彼は言っている。「彼がケイス・ウェッシントン夫人に対して悪人のような振舞いをしようがしまいが、そんなことはどちらでもかまわない。ただ私の注意すべきところは、カタブンデイ植民地の事業がすっかり彼を疲らせてしまった事と、彼が女からきた色じかけのくだらない手紙のことをくよくよしたり、嬉しがったりしたということである。彼はちゃんとマンネリング嬢と婚約が整っていたのに、彼女はそれを破談にしてしまった。そこで、彼は悪寒《さむけ》を感じて熱病にかかるとともに、幽霊が出るなどとつまらない囈語《たわこと》をいうようになった。要するに、過労が彼の病気の原因ともなり、死因ともなったので、可哀そうなものさ。政府に伝達してやりたまえ。一人で二人半の仕事をした男だということを……」
 私にはヘザーレッグのこの解釈は信じられない。私はいつ
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