船員らはみな機嫌をよくしている。もし危険区域脱出の機会が見えたらば、少しの猶予《ゆうよ》もないようにと、機関室には蒸気が保たれて、出発の用意が整っている。
船長はまだ例の「死」の相《そう》から離れないが、元気は旺溢《おういつ》している。こう突然に愉快そうになったので、私はさきに彼が陰気であった時よりも更に面喰らった。わたしには到底《とうてい》これを諒解することが出来ない。私はこの日誌の初めの方にそれを挙げたと思うが、船長の奇癖のうちに、彼はけっして他人を自分の部屋へ入れないことがある。現に今もなおそれを実行しているのであるが、彼は自身で寝床を始末し、ほかの船員らにもこれを実行させている。ところが、驚いたことには、きょうその部屋の鍵をわたしに渡して、その船室へ降りて行って、彼が正午の太陽の高度を測っている間、船長の時計で時間《タイム》を取るようにと私に命令したのであった。
部屋は洗面台と数冊の書籍とをそなえた飾り気のない小さい室《へや》である。壁にかけられた若干《じゃっかん》の絵のほかには、ほとんど何の装飾もない。それらの多くは油絵まがいの安っぽい石版画であるが、ただ一つわたしの注意をひいたのは、若い婦人の顔の水彩画であった。
それは明らかに肖像画であって、舟乗りなどが特に心を惹《ひ》かれるような、想像的タイプの美人ではなかった。どんな画家でも、こんな性格と弱さとが妙に混淆《こんこう》したところのものを、その内面的から描き出すことは、なかなかむずかしいことであったろう。睫毛《まつげ》の垂れた不活発そうな物憂い眼と、そうして思案にも心配にも容易に動かされないような、広い平らな顔とは、綺麗に切れて浮き出した顎《あご》や、きっと引き締まった下唇と、強い対照をなしていた。肖像画の一方の下隅に、「エム・ビー、年十九」と書かれていた。わずか十九年の短い生涯に、彼女の顔に刻まれたような強い意志の力をあらわし得るとは、その時わたしにはほとんど信じられなかった。彼女は定めて非凡な婦人であったに相違なく、その容貌はわたしに非常な魅力をあたえた。私は単にちらりと見ただけであったが、もしわたしが製図家であるならば、この日記に彼女の容貌のあらゆる点を描き出すことがきっと出来るであろう。
彼女はわが船長の生涯において、いかなる役割りを演じたのであろうか。船長はこの絵をその寝床のはしにかけ
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