いの不運を歎きあい、ドレリンコート(十七世紀におけるフランスの神学者)の「死」に関する著書や、その他の書物を一緒に読み、そうしてまた、二人のキリスト教徒の友達のように、彼女らは自分たちの悲しみを慰めあっていた。
 その後、彼女はヴィールという男と結婚した。ヴィールの友達は彼を周旋《しゅうせん》してドーバーの税関に勤めるようにしたので、ヴィール夫人とバーグレーヴ夫人との交通は自然だんだんに疎遠になった。といって、別に二人の間が気まずくなったというわけではなかったが、とにかくにその心持ちが追いおいに離れていって、ついにバーグレーヴ夫人は二年半も彼女に逢わなかった。もっとも、バーグレーヴ夫人はその間の十二カ月以上もドーバーにはいなかった。また最近の半年のうちで、ほとんど二カ月間カンタベリーにある自分の実家に住んでいたのであった。

 この実家で、一七〇五年九月八日の午前に、バーグレーヴ夫人はひとりで坐りながら、自分の不運な生涯を考えていた。そうして、自分のこうした逆境もみな持って生まれた運命であると諦《あきら》めなければならないと、自分で自分に言い聞かせていた。そうして彼女はこう言った。
「私はもう前から覚悟をしているのであるから、運命にまかせて落ち着いていさえすればいいのだ。そうして、その不幸も終わるべき時には終わるであろうから、自分はそれで満足していればいいのだ」
 そこで、彼女は自分の針仕事を取りあげたが、しばらくは仕事を始めようともしなかった。すると、ドアをたたく音がしたので、出て見ると、乗馬服を着けたヴィール夫人がそこに立っていた。ちょうどその時に、時計は正午の十二時を打っていた。
「あら、あなた……」と、バーグレーヴ夫人は言った。「ずいぶん長くお目にかからなかったので、あなたにお逢いすることが出来ようとは、ほんとうに思いも寄りませんでした」
 それからバーグレーヴ夫人は彼女に逢えたことの喜びを述べて、挨拶の接吻を申し込むと、ヴィール夫人も承諾したようで、ほとんどお互いの口唇《くちびる》と口唇とが触れ合うまでになったが、手で眼をこすりながら「わたしは病気ですから」と言って接吻をこばんだ。彼女は旅行中であったが、何よりもバーグレーヴ夫人に逢いたくてたまらなかったので尋《たず》ねて来たと言った。
「まあ、あなたはどうして独り旅なぞにおいでになったのです。あなたには優しい弟さんがおありではありませんか」
「おお!」とヴィール夫人が答えた。「わたしは弟に内証で家を飛び出して来ました。わたしは旅へ立つ前に、ぜひあなたに一度お目にかかりたかったからです」
 バーグレーヴ夫人は彼女と一緒に家《うち》へはいって、一階の部屋へ案内した。
 ヴィール夫人は今までバーグレーヴ夫人が掛けていた安楽椅子に腰をおろして、「ねえ、あなた。私は再び昔の友情をつづけていただきたいと思います。それで今までのご無沙汰《ぶさた》のお詫《わ》びながらに伺ったのです。ねえ、ゆるして下さいな。やっぱりあなたは私のいちばん好きなお友達なのですから」と、口をひらいた。
「あら、そんなことを気になさらなくってもいいではありませんか。私はなんとも思ってはいませんから、すぐに忘れてしまいます」と、バーグレーヴ夫人は答えた。
「あなたは私をどう思っていらっしゃって……」と、ヴィール夫人は言った。
「別にどうといって……。世間の人と同じように、あなたも幸福に暮らしていらっしゃるので、私たちのことを忘れているのだろうと思っていました」と、バーグレーヴ夫人は答えた。
 それからヴィール夫人はバーグレーヴ夫人にいろいろの昔話をはじめて、その当時の友情や、逆境当時に毎日まいにち取りかわしていた会話のかずかずや、たがいに読み合った書物、特におもしろかった「死」に関するドレリンコートの著書――彼女はこうした主題の書物では、これがいちばんいいものであると言っていた――のことなどを思い出させた。それからまた、彼女はドクトル・シャロック(英国著名の宗教家)のことや、英訳された「死」に関するオランダの著書などについて語った。
「しかし、ドレリンコートほど死と未来ということを明確に書いた人はありません」と言って、彼女はバーグレーヴ夫人に何かドレリンコートの著書を持っていないかと訊《き》いた。
 持っているとバーグレーヴ夫人が答えると、それでは持って来てくれと彼女は言った。
 バーグレーヴ夫人はすぐに二階からそれを持って来ると、ヴィール夫人はすぐに話し始めた。
「ねえ、バーグレーヴさん。もしも私たちの信仰の眼が肉眼のように開いていたら、私たちを守っているたくさんの天使《エンジェル》が見えるでしょうに……。この書物でドレリンコートも言っているように、天国というものはこの世にもあるのです。それですから、あなた
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