た。断崖はかなりに高いので、ややもすれば真っ逆さまに落ちそうである。その上に湿《しめ》りがちの岩石ばかりで、踏みしめるたびに水が滲《し》み出して滑《すべ》りそうになる。そんなわけで、わたしは彼の教えてくれた道をたどるのがまったく忌《いや》になってしまった。
私がこの難儀な小径を降りて、低い所に来た時には、信号手はいま列車が通過したばかりの軌道《レール》の間に立ちどまって、私が出てくるのを待っているらしかった。
信号手は腕を組むような格好をして、左の手で顎《あご》を支え、その肱《ひじ》を右の手の上に休めていたが、その態度はなにか期待しているような、また深く注意しているようなふうにみえたので、わたしも怪訝《けげん》に思ってちょっと立ちどまった。
わたしは再びくだって、ようやく線路とおなじ低さの場所までたどり着いて、はじめて彼に近づいた。見ると、彼は薄黒い髭《ひげ》を生やして、睫毛《まつげ》の深い陰鬱な青白い顔の男であった。その上に、ここは私が前に見たよりも荒涼陰惨というべき場所で、両側には峨峨《がが》たる湿《しめ》っぽい岩石ばかりがあらゆる景色をさえぎって、わずかに大空を仰ぎ観るので
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