しろ自分から腕の血管をひらいて、「さあ、飲むがいい。わたしの愛がわたしの血と一緒におまえの血に沁み込んでゆけば何よりだ」と言ったのです。それでも私は、彼女に麻酔するほど飲ませたり、またはピンを刺させたりすることは、常に注意して避けていたので、二人はまったく調和した生活を保っていたのです。
それでも僧侶として、わたしの良心の呵責《かしゃく》は今まで以上にわたしを苦しめ始めました。わたしはいかなる方法で自分の肉体を抑制し、浄化することが出来るかについて、まったく途方《とほう》に暮れたのです。かの多くの幻覚が無意識の間に起こったにもせよ、直接に私がそれを行なわなかったにもせよ、それが夢であるにせよ、事実であるにせよ、かくのごとき淫蕩に汚《よご》れた心と汚れたる手をもって、クリストの身に触れることは出来ませんでした。
わたしはこの不快な幻覚に誘われない手段として、睡眠におちいらないことに努めました。わたしは指で自分の眼瞼《まぶた》をおさえ、壁にまっすぐに倚《よ》りかかって何時間も立ちつづけ、出来る限り睡気《ねむけ》と闘いました。しかし睡気は相変わらずわたしの眼を襲って来て我慢がつかず、絶望
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