注意ぶかく飲むのでした。その瞳《ひとみ》はだんだんに半ばとじられて、緑色の眼の円《まる》い瞳孔《ひとみ》が楕円形にかわって来ました。彼女は時どきにわたしの手に接物するために、血を吸うことをやめましたが、さらに赤い血のにじみ出るのを待って、傷に口唇《くちびる》を持っていくのでした。血がもう出ないのを知ると、彼女の眼は瑞《みず》みずしく輝いて、五月の夜明けよりも薔薇色になって起《た》ち上がりました。顔の色も生きいきとして、手にも温かいうるみが出て、今までよりもさらに美しく、まったく健康体のようになっているのです。
「わたしは死なないわ、死なないわ」と、彼女は半気ちがいのようになって、わたしの頸《くび》にかじりついて叫びました。
「わたしはまだ長い間あなたを愛することが出来るわ。わたしの生命《いのち》はあなたのものです。わたしのからだはすべてあなたから貰ったのです。あなたの尊い、高価な、この世界にあるどの霊薬よりも優れて高価な血のいく滴が、わたしの生命を元の通りにしてくれたのですわ」
 この光景は永く私をおびやかして、クラリモンドについては不思議な疑問を起こさせました。その夜、わたしが寝床に
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