はわたし、一頭は彼、他の一頭はクラリモンドが乗るためでした。それらの馬は西風によって牝馬《めすうま》から生まれたスペインの麝香猫《じゃこうねこ》にちがいないと思うくらいに、風のように疾《はや》く走りました。出発の時にちょうど昇ったばかりの月はわれわれのゆく手を照らして、戦車の片輪が車を離れた時のように大空をころがって行きました。われわれの右にはクラリモンドが飛ぶように馬を走らせ、わたしたちにおくれまいとして息が切れるほどに努力しているのを見ました。間もなくわれわれは平坦な野原に出ましたが、その立ち木の深いところに、四頭の大きい馬をつけた一台の馬車がわれわれを待っていました。
 わたしたちはその馬車に乗ると、馭者は馬を励まして狂奔させるのでした。わたしは一方の腕をクラリモンドの胸に廻しましたが、彼女もまた一方の腕をわたしに廻して、その頭をわたしの肩にもたせかけました。わたしは彼女の半ばあらわな胸が軽くわたしの腕を押し付けているのを感じました。わたしはこんな熱烈な幸福を覚えたことはありませんでした。わたしは一切のことを忘れました。母の胎内にいた時のことを忘れたように、自分が僧侶の身であるこ
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