#ここから2字下げ]
先夜はご覧の通りの始末で、なんとも申しわけがございません。わたくしが本当に回復するにはこれから一年以上もかかるだろうと存じますから、もちろん今後のご奉公は出来ません。わたくしはこれからメルボルンにいる義兄弟のところへ尋ねて行くつもりで、その船は明日出帆いたします。長い航海をつづけているうちには、わたくしも気がしっかりして来るであろうと存じます。なにしろ唯今《ただいま》のところでは恐怖と戦慄があるばかりで、怖ろしい物が常に自分のうしろに付きまとっているように思われてなりません。それからはなはだ恐れ入りますが、わたくしの衣類や荷物のたぐいは、ウォルウォースにいるわたくしの母のところへお届けを願います。母の住所はジョンが知っております。――
[#ここで字下げ終わり]
手紙の終わりには、なおいろいろの弁解が付け加えてあって、やや辻褄《つじつま》の合わない点もあるが、筆者はすこぶる注意して書いたらしく、くどくどと列《なら》べ立ててあった。本人はかねて濠州《ごうしゅう》へ行きたい希望があったので、それをゆうべの事件に結び付けて、こんな拵《こしら》え事をしたのではないかとも疑
前へ
次へ
全54ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング