は妖怪などを承認しないのである。いま見るものは一種の幻影に過ぎないと思っていた。
 一生懸命の力を振るい起こして、わたしはついに自分の手を伸ばすことが出来た。そうして、テーブルの上の武器をとろうとする時、突然わたしの肩と腕に不思議の攻撃を受けて、わたしの手はぐたり[#「ぐたり」に傍点]となってしまった。そればかりでなく、蝋燭の火が消えたというのでもないが、その光りは次第に衰えて来た。爐の火も同様で、焚き物のひかりは吸い取られるように薄れて来て、部屋の中はまったく暗くなった。この暗いなかで、かの「黒い物」に威力を揮《ふる》われてはたまらない。わたしの恐怖は絶頂に達して、もうこうなったら気を失うか、呶鳴《どな》るかのほかはなかった。わたしは呶鳴った。一種の悲鳴に近いものではあったが、ともかくも呶鳴った。
「恐れはしないぞ。おれの魂は恐れないぞ」と、こんなことを呶鳴ったように記憶している。
 それと同時に私は起《た》ちあがった。真っ暗のなかを窓の方へ突進して、カーテンを引きめくって、鎧戸《よろいど》をはねあけた。まず第一に外部の光線を入れようと思ったのである。外には月が高く明かるく懸かってい
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