ではないが、なにしろ土地では屈指の旧家になっているので、かれも秋坂の名を知っていて、そのせがれの僕に対して相当の敬意を表することになったらしい。彼は小さい風呂敷包み一つを持っているだけで、ほとんど手ぶら同様だ。僕もカバンひとつだが、そのなかには着物がぎっしりと詰め込んであるので見るから重そうだ。かれは僕がしきりに辞退するにもかかわらず、とうとう僕のカバンをさげて行ってくれることになった。
青年はもちろん健脚[#「健脚」は底本では「建脚」]らしく、僕も足の弱い方ではないが、なにしろ七月の日盛りに土の焼けた、草いきれのする田舎道をてくる[#「てくる」に傍点]のだからたまらない。ふたりは時々に木の下に休んだりして、午後五時に近い頃にようやく僕の町の姿を見ることになった。
二
東京の人たちは地方の事情をよく御存知あるまいが、僕たちの学生時代に最もうるさく感じたのは、毎年の夏休みに帰省《きせい》することだ。帰省を嫌うわけではないが、帰省すると親類や知人のところへぜひ一度は顔出しをしなければならない。それも一度ですむのはまだいいが、相手によっては二度三度、あるいは泊まって来なければならないというようなところもある。それも町のうちだけではない。隣り村へ行く、またその隣り村へ行く。甚だしいのになると、山越しをして六里も七里も行くというのだから、全くやりきれない。この時にも勿論それを繰返さなければならなかったので、七月いっぱいはほとんど忙がしく暮らしてしまった。
八月になって、まずその役目もひと通りすませて、はじめて自分のからだになったような気がしたが、毎日ただ寝ころんでいても面白くない。帰省中に勉強するつもりで、いろいろの書物をさげて来たのだが、いざとなるとやはりいつもの怠け癖が出る。といって、なにぶんにも狭い町だから遊びに行くような場所もない。いっそ釣りにでも行ってみようかと思い立って、八月なかばの涼しい日に、家の釣道具を持出してかの尾花川へ魚釣りに出かけた。もちろん、日中に釣れそうもないのは判っているので、僕は昼寝から起きて顔を洗って、午後四時ごろから出かけたのだ。町から一里ほど歩いても、このごろの日はまだ暮れそうにも見えない。子供の時からたびたび来ているので、僕もこの川筋の釣り場所は大抵心得ているから、堤の芒をかきわけて適当なところに陣取って、向う岸の櫨《
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