いるのを、お園が憎んで殺したとも思われるが、その平生から考えると、お園の胸にそれほどの熱情を忍ばせていようとは思われなかった。藤次郎の眼に映った幻影がもし伊兵衛の姿であるとすれば、その魂が情婦の力をかりて、憎むべき弟をほろぼしたとも見られる。果してそうならば、お園は男のたましいに導かれて、一種の魔術にかかった者のように、ほとんど無意識に伊八を殺したのであろう。同じ場所に於いて、おなじ刃物を以って……。
最初の幽霊が果して偽者であったことは、おきよと甚右衛門の白状によって確かめられたが、後の幽霊が果して真者《ほんもの》であるかないかを、確かめ得るものはなかった。こういうたぐいの怪談を信じまいとする秋山も、それに対して正当の解釈をあたえることが出来ないのを残念に思った。
もう一つ、秋山を沈黙せしめたのは、伝馬町の牢屋につながれている下手人の甚吉が頓死したことである。それはあたかも、かの伊八が殺されたと同時刻であった。
底本:「蜘蛛の夢」光文社文庫、光文社
1990(平成2)年4月20日初版1刷発行
初出:「朝日グラフ」
1928(昭和3)年6月
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:花田泰治郎
2006年5月7日作成
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