らを見まわしても、あたりは唯まっくらで、なんにも見えません。」
「あたりめえよ。」と、秋山は又叱った。
「仕方がなしにすごすご引揚げて、もとの長徳院のあたりまで帰って来ると、なにかそこらがそうぞうしくって、大勢が駈けて行くようですから、ボヤでも出しゃあがったかと思って、通りがかりの者に訊いてみると、いやどうも驚きました。町と村との境いにある小川のふちに、助蔵のせがれの伊八が斬られて死んでいるというのです。わたくしも呆気《あっけ》に取られながら、すぐに其の場へ飛んで行くと、伊八はまったく死んでいました。近所の者が集まってわやわや言っているのを掻き分けて、その死骸をあらためてみると、伊八は鎌のようなもので頸筋を斬られているのです。兄貴も鎌で殺され、弟も同じような刃物で斬られている。しかもその死んでいる場所が、兄貴の殺されたのと同じ所だというので、みんなも不思議がっているのです。その知らせに驚いて、助蔵の夫婦もかけつけて来ましたから、わたくしは其の女房のおきよを取っ捉まえて、本人の家へ引摺って行ってきびしく取調べると、幾らかしっかり者でもさすがに気が顛倒しているとみえて、案外にすらすらと白状してしまいました。
やっぱり旦那方の御鑑定通り、伊兵衛を殺したのは甚吉の仕業と判っているのですが、今さら甚吉を科人《とがにん》にしたところで、死んだ我が子が生き返るわけでもないから、いっそ慾にころんだ方が優《ま》しだと考えて、甚吉の家から三百両の金を貰って、弟の伊八を幽霊に仕立てたのだそうです。それでまず幽霊の正体はわかったが、さて今度は伊八の下手人です。」
「甚吉の家の奴らだろうな。」と、秋山は啄《くち》をいれた。
「誰もそう考えそうなことで、現におきよもそう言っていました。」と、藤次郎は答えた。「おきよはその三百両のうちから五十両だけを伊八に渡して、あとは裏手の空地に埋めてしまったそうです。伊八は又、その五十両を女と博奕でたちまち摺ってしまって、残りの金をわたしてくれと強請《ゆす》っても、おふくろは気が強いからなかなか受付けない。そこで、伊八は甚吉の家の方へねだりに行く。それが二度も三度もつづくので、甚吉の家でもうるさくなって、秘密を知っている伊八を生かして置いては一生涯の累《わずら》いだから、いっそ亡き者にしてしまえと、誰かに頼んで殺させたに相違ないと、おきよは泣いて訴えるので
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