十歳《はたち》になります。」
「むむ。」
秋山はうなずいた。兄弟であれば、声も似ている。弟の伊八が作り声をして、兄の幽霊に化けているということはもう判り過ぎるほどに判ってしまった。気の短い秋山はすぐに伊八を引挙げて、手ひどく嚇《おど》しつけてやりたいようにも思ったが、彼はもう四十を越している。多年の経験上|急《せ》いては事を仕損じるの実例をもたくさんに知っているので、しばらく黙って奥野の報告を聴いていると、相手はつづけて語り出した。
「おふくろのおきよは、今もいう通りのしたたか者ですから、今さら甚吉を下手人にして見たところで、死んだ伜が生き返るわけでもないので、慾にころんで仇の味方になって、甚吉は人違いであるということを世間へ吹聴《ふいちょう》すれば、それが自然に上《かみ》の耳にもはいると思って、偽幽霊の狂言をかいたらしいのです。無論それには甚吉の親たちから纒まった物を受取ったに相違ありますまい。弟の伊八という奴も、兄貴と同じような道楽者で、小博奕《こばくち》なども打つといいますから、兄貴の死んだのを幸いに、おふくろと一緒になってどんな芝居でもやりかねません。近所の者の話によると、伊兵衛と伊八は兄弟だけに顔付きも声柄もよく似ているということです。」
「それからお園という女も調べたか。」
「天神橋の亀屋へ行って、お園のことを訊いてみると、お園は伊兵衛が殺されても、甚吉が挙げられても、一向平気ではしゃいでいるそうです。もちろん一応は取調べてみましたが、今度の一件に就いてはまったく何にも知らないらしく、甚吉も伊兵衛も座敷だけの顔馴染みで、ほかに係合いはないと澄ましていましたが、それは嘘で、どっちにも係合いのあったことは、亀屋の家も、みんな知っていました。一体だらしのない女で、ほかにもまだ係合いの客があるとかいう噂です。年は二十二だといいますから、甚吉や伊兵衛と同い年で、容貌《きりょう》はまんざらでもない女でした。」
「それだけで伊八とおきよを引挙げては、まだ早いかな。」と、秋山はかんがえながら言った。
「そうですね。」と、奥野も首をかしげた。「もう大抵は判っているようなものですが、何分にも確かな証拠が挙がっていませんから、下手なことをしてしまうと、あとの調べが面倒でしょう。」
こっちに確かな証拠を掴んでいないと、相手が強情者である場合には、その詮議がなかなか面倒である
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