ると、少し不思議でもありますよ。」
「なにが不思議で……。」
残暑の強い時節であるのと、帰省の学生らが再び上京するには小一週間ほど早いのとで、列車のなかはさのみ混雑していなかった。現にあの兄妹の起ったあとは空席になっていたので、車掌はそこへ腰をおろした。
「なにが不思議といって……。わたしは一昨年《おととし》の春からこの鉄道にあしかけ三年勤めていますがね、毎年夏になると、蛇の騒ぎが二、三回、多いときには四、五回もあるのです。」
「ここらには蛇が多いのかね。」と、商人は訊いた。
「特に多いという話も聞かないのですが……。」と、車掌はすこし首をかしげながら言った。「それが又不思議で……。その蛇の騒ぎはいつでも広島とFの駅とのあいだに起るのです。そうして、きょうと同じように、乗客自身はなんにも気がつかないでいると、蛇がいつの間にかその荷物のなかに這入り込んでいるのです。ことしももうこれで五回目になるでしょう。わたしも職務ですから、一応はあの人を詮議しましたけれど、肚《はら》の中では又かと思っていました。」
「ふぅむ。そりゃあ不思議だ、まったく不思議だ。」と、商人は仰山《ぎょうさん》らしく顔
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