そのほかにも同じような悪戯《いたずら》者があるらしいのです。その証拠には、佐倉の拘留中にも往来の婦人にむかって、やはり蛇を投げ付けた者があるのですから……。」
「それが三好透だと言われるのですね。」
「どうもそうらしいのですが……。しかし、あなたの言われた通り、他人は格別、実の妹にもそんな悪戯をするのは……。ちっとおかしいように思われますね。」
 刑事は考えていた。わたしも考えさせられた。二人は暫く黙って雨のなかに立っていた。

     四

 そのうちに、私はふと思い出したことがあった。
「しかし、あなたも御承知でしょうが、多代子さんの所へしばしば手紙をよこして、根津権現の門前まで出て来い、さもなければ、いつまでも蛇をもっておまえを苦しめると脅迫した者があるそうです。それもやはり兄の仕業でしょうか。三好透という男は、なんの必要があって自分の妹をそんなに脅迫するのでしょうか。また、自分の兄の筆蹟ならば、多代子さんは無論見知っているでしょうし、江波博士の家の人たちも、大抵は知っている筈でしょうに……。」
「それはね。」と、刑事は打消した。「三好透がなんのために妹を脅迫するのか判りませんけれど、手紙ぐらいは誰かに代筆を頼んだかも知れませんよ。若い友達などの中には、面白半分にそんなことを引き受ける者も随分ありますからね。ただ、肝腎の問題は、三好透がなぜ妹をそんなに脅迫するかということです。あなたにはなんにもお心当りはありませんか。」
 わたしにも勿論、心当りはなかった。しかも刑事に対して何かのヒントを与える材料にもなろうかと思って、わたしは今夜の一条を話した。多代子がこの夏休みに帰省を忌《いや》がること、兄の透が無理に明朝の列車で連れて帰ろうとすること、それらを逐一聴き終って刑事はまた考えていた。
「いや、いろいろありがとうございました。では、まあ、今夜はこのままにして置いて、もう一度よく考えてみましょう。」
 相手が実の妹であると知って、刑事も探偵的興味を殺《そ》がれたらしく、丁寧に挨拶して別れて行った。透と多代子とが兄妹であることを、警察が今まで知らなかったのは少しく迂濶《うかつ》ではないかと私は思った。
 なにしろこうなった以上は、事件が又どんな風にもつれて来て、先生の迷惑になるようなことが無いとも限らない。わたしは翌朝、会社の方へちょっと顔出しをして、すぐに根津
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