温泉場に来ているからといって、みんなのんきな保養客ばかりではない。この古い火鉢の灰にも色々の苦しい悲しい人間の魂が籠っているのかと思うと、わたしはその灰をじっと見つめているのに堪えられないように思うこともある。
 修禅寺の夜の鐘は春の夜の寒さを呼び出すばかりでなく、火鉢の灰の底から何物かを呼び出すかも知れない。宵《よい》っ張《ぱ》りの私もここへ来てからは、九時の鐘を聴かないうちに寝ることにした。[#地から1字上げ](大正七年一月)



底本:「岡本綺堂随筆集」岩波文庫、岩波書店
   2007(平成19)年10月16日第1刷発行
   2008(平成20)年5月23日第4刷発行
底本の親本:「十番随筆」新作社
   1924(大正13)年4月初版発行
初出:「読売新聞」
   1918(大正7)年1月27日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※原題は「修善寺より」。
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年11月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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