。その望みもはかなく破れて、予に万一のことあらば、そちの父に打たせたるかのおもてを形見と思え。叔父の蒲殿《かばどの》は罪のうして、この修禅寺の土となられた。わが運命も遅かれ速かれ、おなじ路をたどろうも知れぬぞ。
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(月かくれて暗し。籠手《こて》、臑当《すねあて》、腹巻したる軍兵《つわもの》二人、上下よりうかがい出でて、芒むらに潜む。虫の声にわかにやむ。)
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かつら あたりにすだく虫の声、吹き消すように止みましたは……。
頼家 人やまいりし。心をつけよ。
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(金窪兵衛尉行親、三十余歳。烏帽子《えぼし》、直垂《ひたたれ》、籠手、臑当にて出づ。)
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行親 上《うえ》、これに御座遊ばされましたか。
頼家 誰じゃ。
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(桂は燈籠をかざす。頼家|透《すか》しみる。)
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行親 金窪行親でござりまする。
頼家 おお、兵衛か。鎌倉|表《おもて》より何としてまいった。
行親 北条殿のおん使いに……。
頼家 なに、北条殿の使い……。さてはこの頼家を討とうがためな。
行親 これは存じも寄らぬこと。御機嫌伺いとして行親参上、ほかに仔細もござりませぬ。
頼家 言うな、兵衛。物の具に身をかためて夜中の参入は、察するところ、北条の密意をうけて予を不意撃ちにする巧みであろうが……。
行親 天下ようやく定まりしとは申せども、平家の残党ほろび殲《つく》さず。かつは函根《はこね》より西の山路に、盗賊ども徘徊《はいかい》する由きこえましたれば、路次の用心としてかようにいかめしゅう扮装《いでた》ち申した。上に対したてまつりて、不意撃ちの狼藉《ろうぜき》なんど、いかで、いかで……。
頼家 たといいかように陳ずるとも、憎き北条の使いなんどに対面無用じゃ。使いの口上聞くにおよばぬ。帰れ、かえれ。
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(行親は騒がず。しずかに桂をみかえる。)
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行親 これにある女性《にょしょう》は……。
頼家 予が召仕いの女子《おなご》じゃよ。
行親 おん謹《つつし》みの身
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