方がありませんよ。家《うち》の者ばかりが死んだわけじゃあない、東京じゅうで何万人という人間が一度に死んだんですから、世間一統のことで愚痴も言えませんよ。」
人の手前ばかりでなく、西田という人はまったく諦めているようです。勿論、ほんとうに悟ったとか諦めたとかいうのではない。絶望から生み出されたよんどころない諦めには相違ないのですが、なにしろ愚痴ひとつ言わないで、ひどく思い切りのいいような様子で、元気よくいろいろのことを話していました。ことに僕にむかって余計に話しかけるのです。隣りに立っているせいか、それとも何となく気に入ったのか、前からの馴染みであるように打解けて話すのです。僕もこの不幸な人の話し相手になって、幾分でもかれを慰めてやるのが当然の義務であるかのようにも思われたので、無口ながらも努めてその相手になっていたのでした。そのうちに西田さんは僕の顔をのぞいて言いました。
「あなた、どうかしやしませんか。なんだか顔の色がだんだんに悪くなるようだが……。」
実際、僕は気分がよくなかったのです。高山以来、毎晩碌々に安眠しない上に、列車のなかに立往生をしたままで、すし詰めになって揺すられ
前へ
次へ
全22ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング