お初は江戸から甲州へ流れて来て、鰍沢あたりの小料理屋に奉公していたのを、吉五郎が引っこ抜いて来て、自分の家の近所に囲って置いたのです。お初も如才ない女ですから、うまく親分に取り入って、なんでも言う目が出るという贅沢ざんまいで、ずいぶん派手に暮らしていたそうです。それが今度、かの六三郎とこんな訳になってしまって、しまいにはだんだんに増長して、真っ昼間でも自分の家へ男を引っ張り込むという始末になったもんですから、小屋主ももう打っちゃっては置かれなくなりました。
 これが普通のお大尽の持ち物かなんぞならば、万一そのことが露《ば》れたとしても差したる面倒も起こらず、女がお払い箱になるくらいのことでけりが付くんでしょうけれども、相手が長脇差の大親分ではなかなかそんなことでは済む筈がありません。不埒を働いた女はいうに及ばず、男もどんな目に逢うか知れませんし、これにつながる小屋主その他の関係者もどんな飛ばっちりを受けないとも限りませんから、内心ではらはらしていたのです。で、一座の座頭《ざがしら》にもわけを話して、座頭と太夫元の二人から六三郎にむかってくれぐれも意見をしました。
 座頭は、もしこれがばれたあかつきにはお前ばかりの難儀でない、一座の者の迷惑にもなることだから、あの女だけは思い切れと叱るように言って聞かせました。太夫元はまた、万一親分が我慢しても子分たちが承知する筈がない。大勢が芝居小屋へ押し掛けて来て、木戸を打ち毀すなどは往々ある習いだから、あの女だけはどうぞ手を切ってくれと、頼むようにいって聞かせました。六三郎はやさしい眼に涙をうかべて、長い袂を膝の上に重ねまして、「どうも御心配をかけて済みません。」と、唯ひとこと言いました。で、いよいよ思い切るのかと念を押すと、六三郎はわっと泣き出しました。それから先きはなんといっても、泣くばかりで返事をしないので、みんなもしまいにはもてあましてしまって、まあ、よく考えて御覧というようなことで、その場はうやむやに済んでしまいました。
 六三郎は自分の座敷へしょんぼりと帰って来ました。田舎にしては広い宿屋で、六三郎の座敷は南向きの縁側を前にしていたそうです。旧暦の八月ももう半ば過ぎで、日のうちはまだちっと暑いようですけれども、広い家の隅々や庭の木の蔭などは、昼間でもなんとなく冷やりとして、縁の下では頻りにこおろぎが鳴いていました。一
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