何心なく小腰をかゞめて近寄ると、ぬく手も見せずと云うわけで、半蔵の首は玄関先に転げ落ちました。前の雲助の時とは違って、勇作もほかの中間共もしばらく呆れて眺めていると、不埓の奴だから手討にした、死骸の始末をしろと云いすてて、今宮さんは奥へ這入ってしまいました。
 主人がなぜ半蔵を手討にしたか。勇作等も大抵は察していましたが、表向きは彼のゆすりの一件から物堅い主人の怒に触れたのだと云うことにして、これも先ず無事に片附きました。
 それから大阪へゆき着いて、今宮さんは城内の小屋に住んで、とゞこおりなく勤めていました。かの鎧櫃は雲助の死骸を入れて以来、空のまゝで担がせて来て、空のままで床の間に飾って置いたのでした。なんでも九月のはじめだそうで、今宮さんは夕方に詰所から退って来て、自分の小屋で夕飯を食いました。たんとも飲まないのですが、晩酌には一本つけるのが例になっているので、今夜も機嫌よく飲んでしまって、飯を食いはじめる。勇作が給仕をする。黄《きいろ》い行燈が秋の灯らしい色をみせて、床の下ではこおろぎが鳴く。今宮さんは飯をくいながら、今日は詰所でこんな話を聴いたと話しました。
「この城内には入らずの間というのがある。そこには淀殿が坐っているそうだ。」
「わたくしもそんな話を聴きましたが、ほんとうでござりましょうか。」と、勇作は首をかしげていました。
「ほんとうだそうだ。なんでも淀殿がむかしの通りの姿で坐っている。それを見た者は屹と命を取られると云うことだ。」
「そんなことがござりましょうか。」と、勇作はまだ疑うような顔をしていました。
「そんなことが無いとも云えないな。」
「そうでござりましょうか。」
「どうもありそうに思われる。」
 云いかけて、今宮さんは急に床の間の方へ眼をつけました。
「論より証拠だ。あれ、みろ。」
 勇作の眼にはなんにも見えないので、不思議そうに主人の顔色をうかゞっていると、今宮さんは少し乗り出して床の間を指さしました。
「あれ、鎧櫃の上には首が二つ乗っている。あれ、あれが見えないか。えゝ、見えないか。馬鹿な奴だ。」
 主人の様子がおかしいので、勇作は内々用心していると、今宮さんは跳るように飛びあがって、床の間の刀掛に手をかけました。これはあぶないと思って、勇作は素早く逃げ出して、台所のそばにある中間部屋へ転げ込んだので、勘次も源吉もおどろいた
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