っていて野暮にむずかしい詮議をされたら、あべこべにこっちが大恥をかゝなければならない。今宮さんは残念ながら這奴《こいつ》を追いかえすより外はありませんでした。
「貴様のような奴等にかゝり合っていては、大切の道中が遅くなる。きょうのところは格別を以てゆるして遣る。早く行け、行け」
もうこっちの内兜を見透しているので、平作は素直に立去らない。かれは勇作にむかって大きい手を出しました。
「もし、御家来さん。酒手をいたゞきます。」
「馬鹿をいえ。」と、勇作はまた叱り付けました。「貴様のような奴に鐚《びた》一文でも余分なものが遣られると思うか。首の飛ばないのを有難いことにして、早く立去れ。」
「さあ、行け、行け。」
中間どもは再び平作の腕をつかんで突き出すと、さっきからはら[#「はら」に傍点]/\しながら見ていた駕籠屋や人足共も一緒になって、色々になだめて連れて行こうとする。なにしろ多勢に無勢で、所詮腕ずくでは敵わないと思って、平作は引き摺られながら大きい声で怒鳴りました。
「なに、首の飛ばないのを有難く思え……。はゝ、笑わせやあがる。おれの首が飛んだら、その具足櫃からしたじ[#「したじ」に傍点]のような紅い水が流れ出すだろう。」
見物人が大勢あつまっているだけに、今宮さんも捨てゝ置かれません。この上にも何を云い出すか判らないと思うと、もう堪忍も容赦もない。つか/\と追って出て、刀の柄袋を払いました。
「そこ退け。」
刀に手をかけたと見て、平作をおさえていた駕籠屋や人足共は、あっと悸《おび》えて飛び退きました。
「えゝ、おれをどうする。」
ふり向く途端に平作の首は落ちてしまいました。今宮さんは勇作を呼んで、茶店の手桶の水を柄杓《ひしゃく》に汲んで血刀を洗わせていると、見物人はおどろいて皆ちり/″\に逃げてしまう。駕籠屋や人足どもは蒼くなって顫えている。それでも今宮さんは流石に侍です。この雲助を成敗して、しずかに刀を洗い、手を洗って、それから矢立の筆をとり出して、ふところ紙にさら/\と書きました。
「当宿の役人にはおれから届ける。勇作と半蔵は三島の宿へ引返して、この鎧櫃をみせて来い。」
こう云いつけて、勇作は何かさゝやくと、勇作は中間ふたりに手伝わせて、彼の鎧櫃を茶屋のうしろへ運んで行きました。そこには小川がながれている。三人は鎧櫃の蓋をあけてみると、醤油樽の底がぬ
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