うようにも聞き取れましたので、すこしく声を暴くして家来をよびました。
「勇作。貴様は駕脇についていながら、荷物のおくれるのになぜ気がつかない。あんな奴等は何をするか判ったものでない。すぐに引返して探して来い。源吉だけこゝに残って、半蔵も勘次も行け。あいつ等がぐず/\云ったら引っくゝって引摺って来い。」
「かしこまりました。」
 勇作はすぐに出て行きました。二人の中間もつゞいて引返しました。どの人もさっきの鎧櫃のむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]があるので、なにかを口実に彼の平作めをなぐり付けてゞも遣ろうという腹で、元来た方へ急いでゆくと、二町ばかりのところで三人の人足に逢いました。平作は並木の松の下に鎧櫃をおろして悠々と休んでいるのを、ふたりの人足がしきりに急き立てゝいるところでした。
「貴様たちはなぜ遅い。宿《しゅく》を眼のまえに見ていながら、こんなところで休んでいる奴があるか。」と、勇作は先ず叱り付けました。
 勇作に云われるまでもなく、問屋場の人足どもは正直ですから、もう一息のところだから早く行こうと、さっきから催促しているのですが、平作ひとりがなか/\動かない。こんな重い具足櫃は生れてから一度もかついだことが無いから、この暑い日に照らされながら然う急いではあるかれない。おれはこゝで一休みして行くから、おまえたちは勝手に先へ行けと云って、どっかりと腰をおろしたまゝで何うしても動かない。相手がお武家だからと云って聞かせても、こんな具足櫃をかつがせて行く侍があるものかと、空嘯《そらうそぶ》いて取合わない。さりとて、かれ一人を置いて行くわけにも行かないので、人足共も持て余しているところへ、こっちの三人が引返して来たのでした。
 その仔細を聴いて、勇作も赫《かっ》となりました。平作とても大して悪い奴でもない。鎧櫃の秘密を種にして余分の酒手でもいたぶろうという位の腹でしたろうから、なんとか穏かに賺《すか》して、多寡が二百か三百文も余計に遣ることにすれば、無事穏便に済んだのでしょうが、勇作も年が若い、おまけに先刻からのむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]腹で、この雲助めを憎い憎いと思いつめているので、そんな穏便な扱い方をかんがえている余裕がなかったらしい。
「よし。それほどに重いならばおれが担いで行く。」
 かれは平作を突きのけて、問題の鎧櫃を自分のうしろに背負
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