三浦老人昔話
岡本綺堂
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)沓《くつ》ぬぎには
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)清元|喜路《きじ》太夫
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)屡※[#二の字点、1−2−22]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)なか/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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桐畑の太夫
一
今から二十年あまりの昔である。なんでも正月の七草すぎの日曜日と記憶している。わたしは午後から半七老人の家をたずねた。老人は彼の半七捕物帳の材料を幾たびかわたしに話して聞かせてくれるので、きょうも年始の礼を兼ねてあわ好くば又なにかの昔話を聞き出そうと巧らんで、から風の吹く寒い日を赤坂まで出かけて行ったのであった。
格子をあけると、沓《くつ》ぬぎには新しい日和下駄がそろえてある。この頃はあまり世間と交際《つきあい》をしないらしい半七老人の家《うち》にも、さすがは春だけに来客があると思っていると、わたしの案内を聞いておなじみの老婢《ばあや》がすぐに出て来た。広くもない家《うち》であるから、わたしの声が筒ぬけに奥へきこえたらしい。横六畳の座敷から老人は声をかけた。
「さあ、お通りください。あらたまったお客様じゃありませんから。」
わたしは遠慮なしに座敷へ通ると、主人とむかい合って一人の年始客らしい老人が坐っていた。主人も老人であるが、客は更に十歳《とお》以上も老けているらしく、相当に時代のついているらしい糸織りの二枚小袖に黒斜子《くろなゝこ》の三つ紋の羽織をかさねて、行儀よく坐っていた。お定まりの屠蘇や重詰物もならべられて、主人も客もその顔をうすく染めていた。主人に対して新年の挨拶がすむと、半七老人は更にその客の老人をわたしに紹介した。
「こちらは大久保にお住居《すまい》の三浦さんとおっしゃるので……。」
初対面の挨拶が型の通りに交換された後に、わたしも主人から屠蘇をすゝめられた。ふたりの老人と一人の青年とがすぐに打解けて話しはじめると、半七老人は更に説明を加えて再び彼の客を紹介した。
「三浦さんも江戸時代には下谷に住まっていて、わたしとは古いお馴染です
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