それすらも振廻す暇がなかったらしいという。それは新聞社に達したる通信にて、田島さんの話なり。また、鳥打帽の男の話によれば、磯貝の紙入れはふところから掴《つか》み出して、引裂いて大地へ投げ捨ててありしが、在中の百余円はそのままなり。金時計は石に叩きつけて打毀《ぶちこわ》してあり。それらの事実から考えると、どうしても普通の物取りではなく、なにかの意趣《いしゅ》らしいという。この鳥打帽の男は宇都宮の折井という刑事巡査であることを後にて知りたり。
 午後に日光に着けば、判検事の臨検はもう済みて、磯貝の死体はその旅館に運ばれていたり。田島さんと折井君に別れて、予は自分の宿にかえる。宿でもこの噂で大騒ぎなり。こんな騒ぎのあるせいか、今日もまただんだんに暑くなる。午後二時ごろに田島さんが来て、これから折井君と一緒に現場を検分に行くが、君も行ってみないかという。一種の好奇心にそそられて、すぐに表へ出ると、折井君は先に立って行く。田島さんと予はあとについて行く。やがて下河原の橋を渡って含満ヶ渕に着く。たびたび散歩に来たところなれど、ここで昨夜おそろしい殺人の犯罪が行われたかと思うと、ふだんでも凄まじい水の音が今日はいよいよ凄まじく、踏んでいる土は震うように思わる。ここの名物の化《ばけ》地蔵が口を利いてくれたら、ゆうべの秘密もすぐに判ろうものを、石の地蔵尊は冷たく黙っておわします。予は暗い心持になって、おなじく黙って突っ立っていると、折井君は鷹のような眼をして頻りにそこらを眺めまわしている。田島さんもそれと競争するように、眼をはだけてきょろきょろしている。
 やがて田島さんはバットのあき箱を拾うと、折井君は受取って子細らしく嗅《か》いでみる。箱をあけて振ってみる。それからまた三十分ばかりもそこらをうろうろしているうちに、折井君は草のあいだから薄黒い小鳥の死骸を探し出したり。ようように巣立ちをしたばかりの雛にて、なんという鳥か判らず。田島さんは時鳥《ほととぎす》だろうという。折井君は黙って首をかしげている。ともかくもその雛鳥の死骸とバットの箱とを袂に入れて折井君はもう帰ろうと言い出したれば、二人も一緒に引っ返す。その途中、折井君は予にむかいて「あなたは先月からここに御逗留だそうですが、ここらの挽地物屋で、小鳥をたくさんに飼っている家《うち》はありませんか。」と訊く。それはお冬さんの家なり。予は正直に答えると、折井君はまた思案して「そのお冬というのはどんな女です。」と重ねて訊く。予は知っているだけのことを答えたり。
 予はここで白状す。お冬さんがこの事件に関係があろうとは思われず。たとい関係があるとしても、おとなしいお冬さんが大の男を絞め殺そう筈はなし、どのみち直接にはなんの関係もないらしく思われながら、予は妙に気おくれがして、お冬さんが家出のことをこの探偵の前にさらけ出すのを躊躇したり。別に子細はなし、若いお冬さんの秘密を他に洩らすのがなんだか痛々しいような気がしたるためなり。他のことはみな正直に言いたれど、この事だけは暫く秘密を守れり。
 折井君には途中で別れ、田島さんは予の宿に来たりて新聞の原稿を書く。きょうは坐っていても汗が出る。陰りて蒸し暑く、当夏に入りて第一の暑気かも知れず。田島さんは忙がしそうに原稿を書き終りて、夕方の汽車で宇都宮へ帰る。予は停車場まで送って行く。帰りぎわに田島さんは予にささやきて「折井君はお冬という娘に眼をつけているらしい。君も注意して、なにか聞き出したことがあったら直ぐに知らしてくれたまえ。」と言う。なんだか忌な心持にもなったけれど、ともかくも承知して別れる。宿へ帰る途中で再び折井君に逢う。折井君は汗をふきながら大活動の様子なり。しかもその活動を妨げるように、日が暮れると例の雷雨。

 十二日、晴。神経が少し興奮しているせいか、けさは四時頃から眼がさめる。あさ飯の膳の出るのを待ちかねて、早々に食ってしまって散歩に出る。六兵衛老人の姿はけさも店先にあらわれず。お冬さんに訊けば、気分が悪いので奥に寝ているという。お冬さんの顔色もひどく悪し。予は思い切って「警察の人が何か調べに来ましたか。」と訊けば、誰も来ないという。少し安心して宿に帰れば、かの小せんという芸者が店口に腰をかけて帳場にいる女房と何か話している。まんざら知らない顔でもなければ、予も挨拶しながら並んで腰をおろすと、小せんはゆうべいろいろの取調べを受けた話をして、被害者の磯貝は財産家の息子で非常の放蕩者なり、自分は彼の贔屓《ひいき》になっていたれど、兇行の当夜はほかの座敷に出ていて何事も知らざりしという。予はそれとなく探《さぐ》りを入れて、磯貝はお冬さんと何かわけでもあったのかと訊けば、小せんは断じてそんなことはあるまいという。予はいよいよ安心して自分の座敷に戻る。
 午後一時頃に田島さん再び来たる。被害者が資産家の息子だけに、この事件は東京の新聞にも詳しく掲載されてあるとの話なり。現に東京の新聞記者五、六名も田島さんと同じ汽車にて当地に入り込みたる由なれば、田島さんも競争して大いに活動するつもりらしく見ゆ。田島さんは宿で午飯を食いてすぐに出て行く。晴れたれども涼しい風がそよそよと吹く。――夕方に田島さん帰り来たりて、警察側の意見を予に話して聞かせる。兇行の嫌疑者に三種あり。第一は東京より磯貝のあとを追い来たりしものにて、彼の父は実業家とはいえ、金貸を本業として巨万の富を作りたる人物なれば、なにかの遺恨にて復讐の手をその子の上に加えしならんという説。第二は小せんの情夫にて、かれは鹿沼町の某会社の職工なりといえば、一種の嫉妬か、あるいは小せんと共謀して欲得のために磯貝を害せしやも知れずという説。第三はかのお冬の父の六兵衛ならんという説。折井君は頻りに第三の説を主張していれど、これは根拠が最も薄弱なりと田島さんはいう。予も同感なり。
 第二の説もいかがにや。欲心のために磯貝を害せしならば、紙入れや金時計をも奪い去るべき筈なるに、紙入れは引裂きたれど中味は無事なりしという。金時計も打毀《うちこわ》して捨ててあり。これから考えると、これも根拠が薄いようなり。ただし小せんはなんにも知らぬことにて、単に情夫の嫉妬と認むればこの説も相当に有力なるべし。こう煎じつめると、第一の説が最も確実らしいけれど、磯貝親子の人物についてなんにも知らざれば、予にはその当否の判断が付かず。ことに昨今は避暑客の出盛りにて、東京よりこの町に入り込みいる者おびただしければ、いちいち取調べるもなかなか困難なるべしと察せらる。
 夕飯を食ってしまうと、田島さんはまた出て行く。二階の窓から見あげると、大きい山の影は黒くそびえて、空にはもう秋らしい銀河《あまのがわ》が夢のように薄白く流れている。やがて田島さんが忙がわしく帰って来て、折井君はとうとう六兵衛老人を拘引《こういん》したという。予はなんだか腹立たしく感じられて、なにを証拠に拘引したかと鋭くきけば、田島さんも詳しいことは知らず。しかし現場にてきのう拾いたる巻煙草の空き箱に木屑の匂いが残っていたのと、それを振ったときに細かい木屑が少しばかりこぼれ出したとの、この二つにて兇行者が挽地物細工に関係あるものと鑑定したらしいとのこと也。しかし挽地物屋はほかにもたくさんあり。もうひとつの証拠はかの薄黒い雛鳥の死骸なりといえど、これは折井君も秘していわざる由。
 それを聞かされて、予はなんとなく落ちついていられず。田島さんが原稿を書いている間に、宿をぬけ出してお冬さんの家を覗きに行く。夜はもう八時過ぎなり。店先からそっとうかがえば、お冬さんの姿はみえず、声をかけても奥に返事はなし。すこし不安になりて、となりの人に訊けば、お冬さんはたった今どこへか出て行ったという。不安はいよいよ募《つの》りてしばらく考えているうちに、ふと胸に浮かびしことあり。もしやと思いて、すぐに含満ヶ渕の方へ追って行く。

     三

 森君の日記にはこれから先のことを非常に詳しく書いてあるが、わたしはその通りをここに紹介するに堪《た》えないから、その眼目だけを掻いつまんで書くことにする。森君はお冬を追って行くと、果して含満ヶ渕で彼女のすがたを見つけた。彼女はここから身でも投げるらしく見えたので、森君はあわてて抱き止めた。お冬は泣いてなんにも言わないのを、無理になだめすかして訊いてみると、彼女の死のうとする子細はこうであった。
 前にもいう通り、六兵衛という老人は小鳥を飼うことが大好きで、商売の傍らに種々の小鳥を飼うのを楽しみにしていた。磯貝は去年もこの町へ避暑に来て、六兵衛の店へもたびたび遊びに来るうちに、ある日小鳥の飼い方の話が出ると、六兵衛は大自慢で、自分が手掛ければどんな鳥でも育たないことはないと言った。その高慢が少し面憎《つらにく》く思われたのか、それとも別に思惑があったのか、磯貝はきっと相違ないかと念を押すと、六兵衛はきっと受合うと強情に答えた。それから五、六日経つと磯貝は一箇の薄黒い卵を持って来て、これを孵《かえ》してくれといった。見馴れない卵であるからその親鳥をきくと、それは慈悲心鳥であることが判った。
 日光山の慈悲心鳥――それを今さら詳しく説明する必要もあるまい。磯貝は途方もない物好きと、富豪の強い贅沢心とからで、その慈悲心鳥を一度飼ってみたいと思い立って、中禅寺にいる者に頼んでいろいろに猟《あさ》らせたが、霊鳥といわれているこの鳥は声をきかせるばかりで形を見せたことはないので、彼は金にあかしてその巣を探させた。そうして、結局それは時鳥《ほととぎす》とおなじように、鶯《うぐいす》の巣で育つということを確かめて、高い値を払ってその卵を手に入れたが、それをどうして育ててよいか見当がつかないので、彼は六兵衛のところへ持って来て頼んだのであった。頼まれて六兵衛もさすがにおどろいた。ほかの鳥ならばなんでも引受けるが、慈悲心鳥の飼い方ばかりは彼にも判らなかった。しかも生れつきの強情と、強い自信力とがひとつになって、彼はとうとうそれを受合った。育ったらば東京へ報らしてくれ、受取りの使いをよこすからと約束して、磯貝は二百円の飼育料を六兵衛にあずけて帰った。
 名山の霊鳥を捕るというのが怖ろしい、更にそれを人間の手に飼うというのは勿体ないと、妻のお鉄と娘のお冬とがしきりに意見したが、六兵衛はどうしても肯《き》かなかった。かれは深い興味をもってその飼い方をいろいろに工夫した。そうして、どうやらこうやら無事に卵を孵《かえ》したが、雛は十日ばかりで斃《たお》れてしまったので、かれの失望よりも妻の恐怖の方が大きかった。お鉄はその後一種の気病《きや》みのように床について、ことしの三月にとうとう死んだ。磯貝から受取った二百円の金は、妻の長煩《ながわず》らいにみな遣ってしまって、六兵衛の身には殆ど一文も付かなかった。しかし慈悲心鳥の斃れたことを彼は東京へ報らせてやらなかった。磯貝の方からも催促はなかった。
 そのうちに今年の夏がめぐってきて、磯貝は再びこの町に来た。かれは六兵衛の不成功を責めた。あわせて今日《こんにち》までなんの通知もしなかった彼の横着をなじって、去年あずけて行った二百円の金をかえせと迫った。その申訳に困って、六兵衛は更に新しい卵を見つけて来ると約束した。かれは三日ほど仕事を休んで、山の奥をそれからそれへと探しあるいたが、霊鳥の巣は見付からなかった。よんどころなしに彼は鶯の巣から時鳥の卵を捕って来て、磯貝の手前を一時つくろっておいたが、その秘密を知っている娘はひどく心配した。さりとて二百円の金を返す目当てはとてもないので、どうなることかと案じているうちに、卵は孵った。六兵衛は、その時鳥の雛を磯貝の旅館へ持って行ってみせると、なんにも知らない彼は非常に喜んだ。六兵衛が帰ったあとで、磯貝はこれを宿の者に自慢らしく見せると、おなじ鶯の巣に育ちながらもそれは慈悲心鳥でないことが証明されたので、彼はまた怒った。八月七日の午後に、磯貝はかの雛鳥の籠をさげて六兵衛の店へ押掛けて行って
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