ない花ではあるが、ここへ来てから私はこの紫苑がひどく好きになった。どこへ行っても、わたしは紫苑を栽《う》えたいと思っている。
 唐蜀黍もよく熟したが、その当時わたしは胃腸を害していたので、それを焼く煙をただながめているばかりであった。糸瓜《へちま》も大きいのが七、八本ぶら下って、そのなかには二尺を越えたのもあった。
 郊外の冬はあわれである。山里は冬ぞ寂しさまさりけり――まさかにそれほどでもないが、庭のかれ芒《すすき》が木がらしを恐れるようになると、再びかの荒凉索莫がくり返されて、宵々ごとに一種の霜気《そうき》が屋を圧して来る。朝々ごとに庭の霜柱が深くなる。晴れた日にも珍しい小鳥が囀《さえ》ずって来ない。戸山が原は青い衣をはがれて、古木もその葉をふるい落すと、わずかに生き残った枯れ草が北風と砂煙に悼《いた》ましく咽《むせ》んで、かの科学研究所の煉瓦や製菓会社の煙突が再び眼立って来る。夜は火の廻りの柝《き》の音が絶えずきこえて、霜に吠える家々の犬の声が嶮《けわ》しくなる。朝夕の寒気は市内よりも確《たしか》に強いので、感冒にかかり易いわたしは大いに用心しなければならなかった。
 郊外に盗難の多いのはしばしば聞くことであるが、ここらも用心のよい方ではない。わたしの横町にも二、三回の被害があって、その賊は密行の刑事巡査に捕えられたが、それから間もなく、わたしの家でも窃盗に見舞われた。夜が明けてから発見したのであるが、賊はなぜか一物をも奪い取らないで、新しいメリンスの覆面頭巾を残して立去った。一応それを届けて置くと、警察からは幾人の刑事巡査が来て叮嚀《ていねい》に現場を調べて行ったが、賊は不良青年の群で、その後に中野の町で捕われたように聞いた。わたしの家の女中のひとりが午後十時ごろに外から帰って来る途中、横町の暗いところで例の痴漢に襲われかかったが、折よく巡査が巡回して来たので救われた。とかくにこの種の痴漢が出没するから婦人の夜間外出は注意しろと、町内の組合からも謄写版の通知書をまわして来たことがある。わたしの住んでいる百人町には幸《さいわい》に火災はないが、淀橋辺には頻繁に火事沙汰がある。こうした事件は冬の初めが最も多い。
「郊外と市内と、どちらが好うございます。」
 私はたびたびこう訊《き》かれることがある。それに対して、どちらも同じことですねと私は答えている。郊外生活と
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング