らだは完全に馬車の下敷になったのである。
 馬車に乗っていたのは若い外国婦人で、これも帛《きぬ》を裂くような声をあげた。私を轢《ひ》いたと思ったからである。私も無論に轢かれるものと覚悟した。馬車の馬丁もあわてて手綱をひき留めようとしたが、走りつづけて来た二頭の馬は急に止まることが出来ないで、私の上をズルズルと通り過ぎてしまった。馬車がようよう止まると、馬丁は馭者台《ぎょしゃだい》から飛び降りて来た。外国婦人も降りて来た。私たちの車夫も駈け寄った。往来の人もあつまって来た。
 誰の考えにも、私は轢かれたと思ったのであろう。しかも天佑《てんゆう》というのか、好運というのか、私は無事に起き上ったので、人々はまたおどろいた。私は馬にも踏まれず、車輪にも触れず、身には微傷だも負わなかったのである。その仔細は、私のからだが縦に倒れたからで、もし横に倒れたならば、首か胸か足かを車輪に轢かれたに相違なかった。私が縦に倒れた上を馬車が真直に通過したのみならず、馬の蹄《ひづめ》も私を踏まずに飛び越えたので、何事もなしに済んだのである。奇蹟的というほどではないかも知れないが、私は我ながら不思議に感じた。他の
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