、かえって危険を招く虞《おそ》れがある。私の車などもその一例であった。
前は軍医、後は私、二台の車が前後して走るうちに、三宅坂上の陸軍|衛戍《えいじゅ》病院の前に来かかった時、前の車夫は突然に梶棒を右へ向けた。軍医は病院の門に入るのである。今日と違って、その当時の衛戍病院の入口は、往来よりも少しく高い所にあって、差したる勾配でもないが一種の坂路をなしていた。
その坂路にかかって、車夫が梶棒を急転したために、車はずるり[#「ずるり」に傍点]と後戻りをして、そのあとに附いて来た私の車の右側に衝突すると、はずみは怖ろしいもので、双方の車は忽《たちま》ち顛覆《てんぷく》した。軍医殿も私も地上に投げ出された。
ぞっ[#「ぞっ」に傍点]としたのは、その一|刹那《せつな》である。単に投げ出されただけならば、まだしも災難が軽いのであるが、私の車のまたあとから外国人を乗せた二頭立の馬車が走って来たのである。軍医殿は幸いに反対の方へ落ちたが、私は地上に落ちると共に、その馬車が乗りかかって来た。私ははっ[#「はっ」に傍点]と思った。それを見た往来の人たちも思わずあっ[#「あっ」に傍点]と叫んだ。私のからだは完全に馬車の下敷になったのである。
馬車に乗っていたのは若い外国婦人で、これも帛《きぬ》を裂くような声をあげた。私を轢《ひ》いたと思ったからである。私も無論に轢かれるものと覚悟した。馬車の馬丁もあわてて手綱をひき留めようとしたが、走りつづけて来た二頭の馬は急に止まることが出来ないで、私の上をズルズルと通り過ぎてしまった。馬車がようよう止まると、馬丁は馭者台《ぎょしゃだい》から飛び降りて来た。外国婦人も降りて来た。私たちの車夫も駈け寄った。往来の人もあつまって来た。
誰の考えにも、私は轢かれたと思ったのであろう。しかも天佑《てんゆう》というのか、好運というのか、私は無事に起き上ったので、人々はまたおどろいた。私は馬にも踏まれず、車輪にも触れず、身には微傷だも負わなかったのである。その仔細は、私のからだが縦に倒れたからで、もし横に倒れたならば、首か胸か足かを車輪に轢かれたに相違なかった。私が縦に倒れた上を馬車が真直に通過したのみならず、馬の蹄《ひづめ》も私を踏まずに飛び越えたので、何事もなしに済んだのである。奇蹟的というほどではないかも知れないが、私は我ながら不思議に感じた。他の
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