達と心安くなろうという目的もまじっていたらしく、彼はすぐに隣り座敷へ顔を出して、正直にその事情をうち明けて、自分たちの不注意を謝まった。その事情が判って、女達もみな笑い出した。
それが縁になって、臆面のない本多はとなりの女連れの身許や姓名などをだんだんに聞き出した。かれらは古屋為子、鮎沢元子、臼井柳子、児島亀江という東京の某女学校の生徒で、暑中休暇を利用してこの温泉場に来て、四人が六畳と四畳半の二間を借りて殆んど自炊同様の生活をしているのであった。
「あなた方は当分御滞在でございますか。」と、その中で年長《としかさ》らしい為子が訊いた。
「さあ。まだどうなるか判りません。」と、本多は答えた。「しかし今頃はどこへ行っても混雑するでしょうから、まあ、ここに落ち着いていようかとも思っています。われわれはどの道、一週間ぐらいしか遊んでいることは出来ないんですから。」
「さようでございますか。」と、為子はほかの三人と顔を見あわせながら言った。「わたくし共も二週間ほど前からここへ来ているのでございますが、御覧の通り、この座敷はなんだか不用心でして、夜なんかは怖いようでございます。」
いくら第二流の温泉宿で、座敷代と米代と炭代と電燈代と夜具代だけを支払って、一種の自炊生活をしている女学生らに対して、この真夏にいい座敷を貸してくれる筈はなかった。かれらの占領している二間は下座敷のどん詰まりで、横手の空地《あきち》には型ばかりの粗い竹垣を低く結いまわして、その裾には芒《すすき》や葉鶏頭が少しばかり伸びていた。かれらが忌《いや》がっているのは、その竹垣の外に細い路があって、それが斜《はす》にうねって登って、本街道の往還へ出る坂路につながっていることであった。もし何者かがその坂路を降りて来て、さらに細い路を斜めにたどって来ると、あたかもかの竹垣の外へゆき着いて、さらに又ひと跨ぎすれば安々とこの座敷に入り込むことが出来る。田舎のことであるから大丈夫とは思うものの、不用心といえばたしかに不用心であった。ことに若い女ばかりが滞在しているのであるから、昼間はともかく夜がふけては少し気味が悪いかも知れないと思いやられた。
その隣りへ、こっちの三人が今夜泊まりあわせたので、かれらは余ほど気丈夫になったらしく見えた。そうなると、こちらもなんだか気の毒にもなったのと、相手が若い女達であるのとで、むしろここで一週間を送ろうということになった。
「それがいい。どこへ行っても同じことだよ。」と、本多は真っ先にそれを主張した。
あくる朝、三人が海岸へ出ると、となりの四人連れもやはりそこらをあるいていて、一緒になって崖の上の或る社《やしろ》に参詣した。四人の女のうちでは、児島亀江というのが一番つつましやかで、顔容《かおかたち》もすぐれていた。三人の男とならんでゆく間も、彼女は殆んど一度も口を利かないのを、遠泉君たちはなんだか物足らないように思った。こっちの三人の中では、田宮が一番おとなしかった。
昼のうちは別に何事もなかった。ただ午後になって、本多が果物をたくさんに注文して、遠慮している隣りの四人を無理に自分の座敷へよび込んで、その果物をかれらに馳走して、何かつまらない冗談話などをしたに過ぎなかった。日が暮れてから男の三人は再び散歩に出たが、女達はもう出て来なかった。
「田宮君、君はけしからんよ。」と、本多は途中でだしぬけに言い出した。「君はあの児島亀江という女と何か黙契《もっけい》があるらしいぞ。」
「児島というのはあの中で一番の美人だろう。」と、遠泉君は言った。「あれが田宮君と何か怪しい形跡があるのか。ゆうべの今日じゃあ、あんまり早いじゃないか。」
「馬鹿を言いたまえ。」
田宮はただ苦笑をしていたが、やがて又小声で言い出した。
「どうもあの女はおかしい。僕には判らないことがある。」
「何が判らない。」と、本多は潮の光りで彼の白い横顔をのぞきながら訊いた。
「何がって……。どうも判らない。」
田宮はくり返して言った。
二
日が暮れてまだ間もないので、方々の旅館の客が涼みに出て来て、海岸もひとしきり賑わっていた。その混雑の中をぬけて、三人がけさ参詣した古社の前に登りついた時、田宮はあとさきを見かえりながら話し出した。
「僕はいったい臆病な人間だが、ゆうべは実におそろしかったよ。君たちにはまだ話さなかったが、僕はゆうべの夜半《よなか》、かれこれもう二時ごろだったろう。なんだか忌《いや》な夢を見て、眼が醒めると汗をびっしょりかいている。あんまり心持が悪いからひと風呂はいって来ようと思って、そっと蚊帳を這い出して風呂場へ行った。君たちも知っている通り、ここらは温泉の量が豊富だとみえて、風呂場はなかなか大きい。入口の戸をあけてはいると、中には
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