ござりませんが、虎屋の饅頭を少々ばかり持參いたさせました。主人の逮夜の蛸肴《たこざかな》とも思召して、なにとぞ御賞翫《ごしやうぐわん》をねがひます。
半二 おゝ、虎屋の饅頭……。それを見ると、大阪がなつかしくなる。お見舞、たしかに頂戴しました。
庄吉 御挨拶では痛み入ります。(供の若者に)わたし達は少し手間取るであらうから、この状を持つて清水《きよみづ》まで一走り行つて來てくれ。
若者 かしこまりました。
庄吉 きつと返事を貰つて來るのだぞ。さつき云ひ聞かせた口上《こうじやう》も忘れるなよ。
若者 はい、はい。手負ながらもぬからぬ本藏、萬事こゝろ得て居ります。(會釋して下のかたへ立去る)
庄吉 あいつめ、おれに輪をかけたおどけ者だ。
半二 折角遠方を來て下さつたが、この通りで何もお構ひ申すことも出來ない。お持たせの饅頭でも持ち出して、お茶をあげろ。
おきよ はい、はい。
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(おきよとお作は奧に入る。)
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庄吉 (見送る)お女中はかねてお馴染でござりますが、あの若い美しいお人は……。
染太夫 はゝ、庄吉どのは眼が早いな。
吉治 女と見れば、いつもこの通りだ。
庄吉 力彌さんのお屋敷へ、小浪が先廻りをしてゐるには驚きましたな。
半二 (笑ひながら)あれは祇園町の揚屋の娘で、お作といふのだ。
庄吉 はゝあ、祇園町の揚屋の娘……。道理で、派手な美しい娘だと思ひました。それが先生の御看病に參るのでござりますか。
吉治 お前はひどく氣になるとみえて、根ほり葉掘りの詮議だな。
半二 おやぢは先年死んでしまつて、今は女あるじだが、おふくろも娘も揃つての、淨瑠璃好きで、娘は淨瑠璃の稽古をするひまに、自分も慰みに淨瑠璃をかいて、とき/″\私のところへ添削を頼みに來るのだ。
庄吉 あの娘が自分で淨瑠璃をかきますか。それはいよ/\頼もしいことだ。あゝいふ娘に色つぽい心中物でも書かせて見たうござりますな。して、これまでにどんな物を書きました。
染太夫 いや、この男は惡い癖で、女の話をはじめたら際限がない。それよりも肝腎の用向きを早く話したらどうだ。
庄吉 (あたまを掻く)はい、はい。では、早速ながら先生に申上げます。大かたお聞き及びでもござりませうが、この正月の芝居は「新薄雪物語《しんうすゆきものがた
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