報を受取った。帰省《きせい》ちゅうの美智子が死んだから直ぐに帰れというのだ。僕もおどろいた。
なにしろそのままには捨て置かれないと思ったので、僕は友人を残して翌日の早朝に山をおりた。東京へ帰って聞きただすと、本郷の親戚でも単に死亡の電報を受取っただけで詳しいことは判らないが、おそらく急病であろうというのだ。誰でもそう思うのほかはない。残暑の最中であるから、コレラというほどではなくても、急性の胃腸|加答児《かたる》のような病気に襲われたのでないかという噂もあった。ともかくも僕はすぐに帰郷することにして東京を出発した。ひと月前に妹を新橋駅に送った兄が、ひと月後にはその死を弔らうべく同じ汽車に乗るのだ。草市のこと、盆燈籠のこと、それらが今さら思い出されて、僕も感傷的の人とならざるを得なかった。
帰郷の途中はただ暑かったというだけで、別に話すほどのこともなかったが、その途中で僕が考えたのは「清《きよし》がさぞおどろいて失望しているだろう。」ということだ。僕の実家は海産物の問屋で、まず相当に暮らしている。そのとなりの浜崎という家《うち》もやはり同商売で、これもまあ相当に店を張っている。浜崎と僕の家とは親戚関係になっていて、浜崎の息子と僕たちとは従弟《いとこ》同士になっているのだ。
浜崎のひとり息子の清というのは大阪の或る学校を卒業して、今は自分の家の商売をしている。清と美智子とは従弟同士の許婚《いいなずけ》といったようなわけで、美智子がAの女学校を卒業すると、浜崎の家へ嫁入りする筈になっているのは、すべての人が承認しているのだ。今度も新橋でわかれる時に、「清君によろしく。」と言ったら、美智子は少し紅い顔をしていた。美智子は帰郷して清に逢ったに相違ない。となり同士だからきっと逢っているに決まっている。その美智子が突然に死んだのだから、清はどんなに驚いているか、どんなに悲しんでいるか、それを思うと僕の頭はいよいよ暗くなった。
もちろん葬式の間に合わないのは僕も覚悟していたが、殊に暑い時季であったために、葬式はもうおとといの夕方に執行されたということを、僕は実家の閾《しきい》をまたぐと直ぐに聞いた。
「じゃあ、早く墓参りに行って来ましょう。」
「ああ、そうしておくれ。美智子も待っているだろう。」と、母は眼をうるませて言った。
旅装のままで――といったところで、白飛白《しろ
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