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(十右衛門は店に腰をおろし、ふところから手拭を出して額の汗をふく。)
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伝兵衛 どなたもよい御機嫌でございますな。まあ、ともかくもおあがり下さい。親分もどうぞ。
半七 おまえさんは今、大きな面をして帳場に坐っていなすったね。番頭さんかえ。
伝兵衛 はい。
十右衛 一番々頭の伝兵衛という者でございます。
半七 なるほど金物屋の番頭だけに、薬鑵《やかん》あたまに出来ていやあがる。どんな音がするか、おれに叩かしてみろ。
伝兵衛 え。
半七 はは、びっくりするな。冗談だ、冗談だ。(弥助に。)おまえさんも番頭かえ。
弥助 はい。弥助と申します。
半七 そっちがおしゅん伝兵衛で、こっちが鮓屋の弥助か。みんな揃って芝居がかりに出来ていやあがるな。それだからこの間のような騒動が起るのだ。今立って行ったのは何というのだね。
弥助 あれも番頭で和吉と申す者でございます。
半七 むむ、和吉というのか。番頭にしちゃあ若けえね。
伝兵衛 当年二十五になりまして、昨年の春から番頭格になって居ります。
半七 そのほかに牡《おす》の犬っころは何匹飼ってありますね。
伝兵衛 (面喰らって。)はい。
半七 はは、犬っころじゃあ判るめえ。男の奉公人のことさ。その犬っころが何匹いるんだよ。
伝兵衛 はい。
半七 小じれってえな。はっきりと返事をしろ。まさかに五百羅漢ほどに鼻をそろえている訳でもあるめえ。考えずともすぐに判る筈だ。
十右衛 (見かねて。)ここの家《うち》の奉公人は若い者が十二人、小僧が五人でございます。
半七 白雲《しらくも》あたまの小僧なんぞに用はねえ。大きい犬っころ十二匹をみんなここへ引っ張り出してください。
十右衛 はい。(伝兵衛と顔をみあわせる。)
半七 とんだ寺子屋だか、一匹ずつに首実験だ。早く引摺って来てください。
十右衛 はい、はい。
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(十右衛門は仕方がないから早く呼んで来いと眼で知らせれば、弥助は心得て店さきに立出で、上のかたに向って呼ぶ。)
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弥助 おい、おい。誰かいないか。
庄八 はい。はい。
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(上のかたより庄八出で、十右衛門と半七を見てあわてて会釈する。)
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弥助
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