鉄の大きい天水桶もある。軒には和泉屋と染めた紺暖簾がかかっている。下のかたには町家がつづいて見える。
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(第二幕とおなじ日の午頃。店の帳場には四十歳以上の大番頭伝兵衛が帳面を繰っている。ほかに番頭弥助、三十二三歳。おなじく和吉、二十四五歳。いずれも帳面をならべて十露盤《そろばん》をはじいている。若い者庄八と長次郎は尻を端折って店さきに出で、小僧三人に指図して、五徳や火箸のたぐいを縄でくくらせている。)
庄八 さあ、さあ、早くしろ。
長次郎 午飯《ひるめし》までに片附けてしまわなければならないのだ。
小僧一 これをみんな土蔵のなかへ運び込むんですかえ。
庄八 おなじことを幾度も聞くな。長どんのいう通り、これを片附けてしまわないうちは、誰にも午飯を食わせないぞ。
小僧二 この火箸は馬鹿に重いんですね。
長次郎 鉄で出来ているから重いのは当りまえだ。苧殻《おがら》の箸じゃあねえ。その積りでしっかり持て。
小僧三 餓鬼に苧殻ならいいが、餓鬼に鉄棒《かなぼう》を持たせるのだから遣り切れねえ。
庄八 生意気なことをいうな。ぐずぐずしていると、なぐり付けるぞ。
小僧一 やれ、やれ、きょうは朝からお小言の続け玉だ。
小僧二 定九郎なら二つ玉だが、つづけ玉じゃあ全くやりきれねえ。
小僧三 定九郎ならまだしもだが、勘平と来た日にゃあ大変だ。
長次郎 (叱る。)これ、大きな声でそんなことを云うな。
庄八 大旦那やおかみさんにきこえたら、それこそ大変だぞ。
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(小僧共も首を縮めて口をおさえる。)
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長次郎 さあ、早くしろ、早くしろ。
庄八 四五日商売を休んだので、みんな怠け癖が附いてしまやあがった。
小僧 (声をそろえて。)さあ、さあ、早くしろ。
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(庄八と長次郎も手伝いて、小僧共は金物類を上のかたへ重そうに運んでゆく。)
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伝兵衛 (あとを見送って舌打ちする。)小僧どもは碌なことを云わない。定九郎だの勘平だのと、そんな噂は禁物だ。
弥助 大旦那やおかみさんはもう忠臣蔵の芝居は一生見ないと云っておいでですよ。
伝兵衛 まったくお察し申すよ。わたしももう忠臣蔵は見たくない、あの晩のことを思い出すと、今でもぞっとするようだ。小僧共ばか
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