避難さきまでわざわざ届けに来てくれたのか、それらの事情は一切《いっさい》わからなかった。
 いずれその内には判るだろうと、邦原君も深く気にも留めずにいたのであるが、その届け主《ぬし》は今に至るまでわからない。焼け跡の区画整理は片付いて邦原君一家は旧宅地へ立ち戻って来たので、知人や出入りの者などについて心あたりを一々聞きただしてみたが、誰も届けた者はないという。そこで更に考えられることは、平生《へいぜい》ならともあれ、あの大混乱の最中に身許《みもと》不明の彼女が、たとい邦原家の門前に落ちていたとしても、その兜をすぐに邦原家の品物と認めたというのが少しく不審である。第一、邦原家の一族は前にもいう通り、ほとんど着のみ着のままで立退《たちの》いたのであるから、兜などを門前まで持出した覚えはないというのである。そうなると、その事情がいよいよ判らなくなる。まさかにその兜が口をきいて、おれを邦原家の避難先へ連れて行けと言ったわけでもあるまい。蘇鉄《そてつ》が妙国寺へ行こうといい、安宅丸《あたけまる》が伊豆へ行こうといった昔話を、今さら引合いに出すわけにもゆくまい。
 甚だよくない想像であるが、門前に
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