割《なしわ》りにされたんです。」
「馬鹿をいえ。おまえの頭はどうもなっていないじゃあねえか。」
 押し問答の末に、更にその兜をあらためると、成程その天辺に薄い太刀疵のあとが残っているらしいが、鉢その物がよほど堅固に出来ていたのか、あるいは斬った者の腕が鈍《にぶ》かったのか、いずれにしても兜の鉢を撃ち割ることが出来ないで、金兵衛のあたまは無事であったという事がわかった。
「まったく一《ひと》太刀でざくりとやられたものと思っていました。」と、金兵衛はほっとしたように言った。その口ぶりや顔付きがおかしいので、人々は又笑った。
 それが奥にもきこえて、隠居の勘十郎も、主人の勘次郎も出て来た。
 金兵衛はその日、下谷御成道《したやおなりみち》の同商売の店から他の古道具類と一緒にかの兜を買取って来たのである。その店はあまり武具を扱わないので、兜は邪魔物のように店の隅に押込んであったのを、金兵衛がふと見付け出して、元値同様に引取ったが、他にもいろいろの荷物があって、その持ち抱えが不便であるので、彼は兜をかぶることにして、月の明るい夜道をたどって来ると、図《はか》らずもかの災難に出逢ったのであった。最初から辻斬りのつもりで通行の人を待っていたのか、あるいは一時の出来ごころか、いずれにしても彼が兜をかぶっていたのが禍《わざわ》いのもとで、斬る方からいえば兜の天辺から真っ二つに斬ってみたいという注文であったらしい。いくら夜道でも兜などをかぶってあるくから、そんな目にも逢うのだと、勘十郎は笑いながら叱った。
 それでも彼は武士である。一面には金兵衛のばかばかしさを笑いながらも、勘十郎はその兜を見たくなった。斬った者の腕前は知らないが、ともかくも鉢の天辺から撃ちおろして、兜にも人にも恙《つつが》ないという以上、それは相当の冑師《かぶとし》の作でなければならないと思ったので、勘十郎は金兵衛を内へ呼び入れて、燈火《あかり》の下でその兜をあらためた。
 刀剣については相当の鑑定眼を持っている彼も、兜についてはなんにも判らなかったが、それが可なりに古い物で、鉢の鍛《きた》えも決して悪くないということだけは容易に判断された。世のありさまが穏やかでなくなって、いずかたでも武具の用意や手入れに忙がしい時節であるので、勘十郎はその兜を買いたいと言い出すと、金兵衛は一も二もなく承知した。
「どうぞお買いくだ
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