別に不思議もないのであるが、それが往来のほとんどまん中で、しかも土の上に据えられてあるように見えたのが、このふたりの注意をひいた。
「熊吉。御覧よ。燈籠はどうしたんだろう。おかしいじゃないか。」と、女房は小声で言った。
 小僧も立ちどまった。
「誰かが落して行ったんですかしら。」
 落し物もいろいろあるが、切子《きりこ》燈籠を往来のまん中に落して行くのは少しおかしいと女房は思った。小僧は持っている提灯をかざして、その燈籠の正体をたしかに見届けようとすると、今まで白くみえた燈籠がだんだんに薄あかくなった。さながらそれに灯《ひ》がはいったように思われるのである。そうして、その白い尾を夜風に軽くなびかせながら、地の上からふわふわと舞いあがっていくらしい。女房は冷たい水を浴びせられたような心持になって、思わず小僧の手をしっかりと掴んだ。
「ねえ、お前。どうしたんだろうね。」
「どうしたんでしょう。」
 熊吉も息を呑み込んで、怪しい切子燈籠の影をじっと見つめていると、それは余り高くも揚がらなかった。せいぜいが地面から三、四尺ほどのところを高く低くゆらめいて、前に行くかと思うと又あとの方へ戻ってくる。ちょっと見ると風に吹かれて漂《ただよ》っているようにも思われるが、かりにも盆燈籠ほどのものが風に吹かれて空中を舞いあるく筈もない。ことに薄あかるくみえるのも不思議である。何かのたましいがこの燈籠に宿っているのではないかと思うと、女房はいよいよ不気味になった。
 今夜は盂蘭盆《うらぼん》の草市で、夜ももう更けている。しかも今まで新ぼとけの前に通夜をして来た帰り路であるから、女房はなおさら薄気味わるく思った。両側の店屋《てんや》はどこも大戸をおろしているので、いざという場合にも駈け込むところがない。かれはそこに立竦《たちすく》んでしまった。
「人魂《ひとだま》かしら。」と、かれはまたささやいた。
「そうですねえ。」と、熊吉も考えていた。
「いっそ引っ返そうかねえ。」
「あとへ戻るんですか。」
「だって、お前。気味が悪くって行かれないじゃあないか。」
 そんな押問答をしているうちに、燈籠の灯は消えたように暗くなった。と思うと、五、六間さきの方へゆらゆらと飛んで行った。
「きっと狐か狸ですよ。畜生!」と、熊吉は罵るように言った。
 熊吉はことし十五の前髪であるが、年のわりには柄も大きく、力
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