はなしの話
岡本綺堂
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)俄《にわか》に
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)むし[#「むし」に傍点]
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七月四日、アメリカ合衆国の独立記念日、それとは何の関係もなしに、左の上の奥歯二枚が俄《にわか》に痛み出した。歯の悪いのは年来のことであるが、今度もかなりに痛む。おまけに六日は三十四度という大暑、それやこれやに悩まされて、ひどく弱った。
九日は帝国芸術院会員が初度の顔合せというので、私も文相からの案内を受けて、一旦《いったん》は出席の返事を出しておきながら、更にそれを取消して、当夜はついに失礼することになった。歯はいよいよ痛んで、ゆるぎ出して、十一日には二枚ながら抜けてしまった。
私の母は歯が丈夫で、七十七歳で世を終るまで一枚も欠損せず、硬い煎餅《せんべい》でも何でもバリバリと齧《かじ》った。それと反対に、父は歯が悪かった。ややもすれば歯痛に苦《くるし》められて、上下に幾枚の義歯を嵌《は》め込んでいた。その義歯は柘植《つげ》の木で作られていたように記憶している。私は父の系統をひいて、子供
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