わたしが欧洲から帰航の途中、三日ばかりは例のモンスーンに悩まされて、かなり難儀の航海をつづけた後、風雨もすっかり[#「すっかり」に傍点]収まって、明日はインドのコロムボに着くという日の午後である。
 私はモンスーン以来痛みつづけていた右の奥歯のことを忘れたように、熱田丸の甲板を愉快に歩いていた。船医の治療を受けて、きょうの午頃から歯の痛みも全く去ったからである。食堂の午飯も今日は旨く食べられた。暑いのは印度洋であるから仕方がない。それでも空は青々と晴れて、海の風がそよそよ[#「そよそよ」に傍点]と吹いて来る。暑さに茹《ゆだ》って昼寝でもしているのか、甲板に散歩の人影も多くない。
 モンスーンが去ったのと歯の痛みが去ったのと、あしたは印度へ着くという楽しみとで、私は何か大きい声で歌いたいような心持で、甲板をしばらく横行濶歩していると、偶然に右の奥の上歯が揺ぐように感じた。今朝まで痛みつづけた歯である。指で摘んで軽く揺すってみると、案外に安々と抜けた。
 なぜか知らないが、その時の私はひどく感傷的になった。何十年の間、甘い物も食った。まずい物も食った。八百善の料理も食った。家台店のおでんも食った。その色々の思い出がこの歯一枚をめぐって、廻り灯籠のように私の頭のなかに閃《ひらめ》いて通った。
 私はその歯を把《と》って海へ投げ込んだ時、あたかも二尾の大きい鱶《ふか》が蒼黒い脊をあらわして、船を追うように近づいて来た。私の歯はこの魚腹に葬られるかと見ていると、鱶はこんな物を呑むべくあまりに大きい口をあいて、厨から投げあたえる食い残りの魚肉を猟《あさ》っていた。私の歯はそのまま千尋の底へ沈んで行ったらしい。わたしはまだ暮れ切らない大洋の浪のうねりを眺めながら、暫《しばら》くそこに立尽していた。
 前の下歯と後の上歯と、いずれもそれが異郷の出来事であったために、記憶に深く刻まれているのであろうが、こういう思い出はとかくにさびしい。残る下歯六枚については、あまり多くの思い出を作りたくないものである。[#地から1字上げ](昭和十二年七月)



底本:「岡本綺堂随筆集」岩波文庫、岩波書店
   2007(平成19)年10月16日第1刷発行
   2008(平成20)年5月23日第4刷発行
底本の親本:「思ひ出草」相模書房
   1937(昭和12)年10月初版発行
初出:「報知新聞
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