水をわたって来たように濡れていた。気が付いて見ると、僕の着物の裾もいつの間にか草の露にひたされていた。
「あなたも御探険ですか」と、僕は訊いた。
「探険というわけでもないのですが……。」と、男は微笑した。「あまり評判が大きいので、実地を見に来たのです。」
「なにか御発見がありましたか。」と、僕も笑いながらまた訊いた。
「いや、どうしまして……。まるで見当が付きません。」
「いったい、ほんとうでしょうか。」
「ほんとうかも知れません。」
その声が案外厳格にきこえたので、僕は思わず彼の顔をみつめると、かれは神経質らしい眼を皺めながら言った。
「わたくしも最初は全然問題にしていなかったのですが、ここへ来てみると、なんだかそんな事もありそうに思われて来ました。」
「あなたの御鑑定では、その啼声はなんだろうとお思いですか。」
「それはわかりません。なにしろその声を一度も聞いたことがないのですから。」
「なるほど。」と、僕もうなずいた。「実はわたくしも聞いたことがないのです。」
「そうですか。わたくしも先刻《さっき》から見てあるいているのですが、もし果して石が啼くとすれば、あの石らしいのです。」
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