ょうは天気になったので、村の青年団は大挙して探険に繰出すそうだ。おまえも一緒に出かけちゃあどうだ。」
「いや、もう行って来ましたよ。明神跡もひどく荒れましたね。」
「荒れるはずだよ。ほかに仕様のないところだからね。なにしろ明神跡という名が付いているのだから、めったに手を着けるわけにもいかず、まあ当分は藪にして置くよりほかはあるまいよ。」と、兄はあくまでも無頓着であった。
その晩の九時ごろから果して青年団が繰出して行くらしかった。地方によっては養蚕《ようさん》の忙がしい時期だが、僕らの村にはあまり養蚕がはやらないので、にわか天気を幸いに大挙することになったらしい。月はないが、星の明るい夜で、田圃《たんぼ》を縫って大勢が振り照らしてゆく角燈《かくとう》のひかりが狐火のように乱れて見えた。ゆうべの疲れがあるので、僕の家ではみんな早く寝てしまった。
さて、話はこれからだ。
あくる朝、僕は寝坊をして――ふだんでも寝坊だが、この朝は取分けて寝坊をしてしまって、床を離れたのは午前八時過ぎで、裏手の井戸端へ行って顔を洗っていると、兄が裏口の木戸からはいって来た。
「妙な噂を聞いたから、駐在所へ行って聞き合せてみたら、まったく本当だそうだ。」
「妙な噂……。なんですか。」と、僕は顔をふきながら訊いた。
「どうも驚いたよ。町の中学のMという教員が小袋ヶ岡で死んでいたそうだ。」と、兄もさすがに顔の色を陰らせていた。
「どうして死んだのですか。」
「それが判らない。ゆうべの九時過ぎに、青年団が小袋ヶ岡へ登って行くと、明神跡の石の上に腰をかけている男がある。洋服を着て、ただ黙って俯向《うつむ》いているので、だんだん近寄って調べてみると、それはかの中学教員で、からだはもう冷たくなっている。それから大騒ぎになっていろいろ介抱してみたが、どうしても生き返らないので、もう探険どころじゃあない。その死骸を町へ運ぶやら、医師を呼ぶやら、なかなかの騒ぎであったそうだが、おれの家では前夜の疲れでよく寝込んでしまって、そんなことはちっとも知らなかった。」
この話を聞いているあいだに、僕はきのう出会った洋服の男を思い出した。その年頃や人相をきいてみると、いよいよ彼によく似ているらしく思われた。
「それで、その教員はとうとう死んでしまったのですね。」
「むむ、どうしても助からなかったそうだ。その死因はよく
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