居りますが結構であります。」
大将「どうじゃ、どれもみんな立派じゃろう。」
一同「実に結構でありました。」
大将「結構でありました? いかんな。物の云いようもわからない。結構でありますと云うもんじゃ。ありましたと云えば過去になるじゃ。」
一同「結構であります。」
特務曹長「ええ、只今《ただいま》のは実は現在|完了《かんりょう》のつもりであります。ところで閣下、この好機会をもちまして更《さら》に閣下の燦爛《さんらん》たるエボレットを拝見いたしたいものであります。」
大将「ふん、よかろう。」
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(エボレットを渡す。)
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特務曹長「実に甚《はなはだ》しくあります。」
大将「うん。金無垢《きんむく》だからな。溶《と》かしちゃいかんぞ。」
特務曹長「はい大丈夫《だいじょうぶ》であります。後列の方の六人でよく拝見しろ。」(渡す。最後の六人これを受けとり直ちに一箇ずつちぎる。)
大将「いかん、いかん、エボレットを壊《こわ》しちゃいかん。」
特務曹長「いいえ、すぐ組み立てます。もう片っ方拝見いたしたいものであります。」
大将「ふん、あとですっかり組み立てるならまあよかろう。」
特務曹長「なるほど金無垢であります。すぐ組み立てます。」(一箇をちぎり曹長に渡す。以下これに倣《なら》う。各《おのおの》皮を剥《む》く。)
大将(愕く。)「あっいかんいかん。皮を剥いてはいかんじゃ。」
特務曹長「急ぎ呑《の》み下せいおいっ。」(一同|嚥下《えんか》。)
大将(泣く。)「ああ情けない。犬め、畜生《ちくしょう》ども。泥《どろ》人形ども、勲章《くんしょう》をみんな食い居ったな。どうするか見ろ。情けない。うわあ。」
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(泣く。)(兵卒|悄然《しょうぜん》たり。)
(兵卒らこの時|漸《ようや》く饑餓《きが》を回復し良心の苛責《かしゃく》に勝《た》えず。)
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兵卒三「おれたちは恐ろしいことをしてしまったなあ。」
兵卒十「全く夢中《むちゅう》でやってしまったなあ。」
兵卒一「勲章と胃袋《いぶくろ》にゴム糸がついていたようだったなあ」
兵卒九「将軍と国家とにどうおわびをしたらいいかなあ。」
兵卒七「おわびの方法が無い。」
兵卒五「死ぬより仕方ない。」
兵卒三「みんな死のう、自殺しよう。」
曹長「いいや、みんなおれが悪いんだ。おれがこんなことを発案したのだ。」
特務曹長「いいや、おれが責任者だ。おれは死ななければならない。」
曹長「上官、私共二人はじめの約束《やくそく》の通りに死にましょう。」
特務曹長「そうだ。おいみんな。おまえたちはこの事件については何も知らなかった。悪いのはおれ達二人だ。おれ達はこの責任を負って死ぬからな、お前たちは決して短気なことをして呉《く》れるな。これからあともよく軍律を守って国家のためにつくしてくれ」
兵卒一同「いいえ、だめであります。だめであります。」
特務曹長「いかん。貴様たちに命令する。将軍のお詞《ことば》のあるうち動いてはならん。気を付けっ。」兵卒等直立。
特務曹長「曹長、さあ支度《したく》しよう。」(ピストルを出す。)「祈《いの》ろう。一所に。」
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特務曹長「饑餓陣営のたそがれの中
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犯《おか》せる罪はいとも深し
ああ夜のそらの青き火もて
われらがつみをきよめたまえ。」
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曹長「マルトン原のかなしみのなか
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ひかりはつちにうずもれぬ
ああみめぐみのあめを下し
われらがつみをゆるしたまえ。」
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合唱「ああ、みめぐみの雨をくだし
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われらがつみをゆるしたまえ。」
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(特務曹長ピストルを擬《ぎ》し将《まさ》に自殺せんとす。)
(バナナン大将この時まで瞑目《めいもく》したるも忽《たちま》ちにして立ちあがり叫《さけ》ぶ。)
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大将「止まれ、やめぃ。」
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(特務曹長ピストルを擬したるまま呆然《ぼうぜん》として佇立《ちょりつ》す。大将ピストルを奪《うば》う。)
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バナナン大将「もうわかった。お前たちの心底は見届けた。お前たちの誠心に較《くら》べてはおれの勲章などは実に何でもないじゃ。
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おお神はほめられよ。実におん眼《め》からみそなわすならば勲章やエボレットなどは瓦礫《がれき》にも均《ひと》しいじゃ。」
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特務曹長「将軍、お申し訳けのないことを致《いた》しました。」
曹長「将軍、私に死を下されませ。」
バナナン大将「いいや、ならん。」
特務曹長「けれどもこれから私共は毎日将軍の軍装《ぐんそう》拝しますごとに烈《はげ》しく良心に責められなければなりません。」
大将「いいや、今わしは神のみ力を受けて新らしい体操を発明したじゃ。それは名づけて生産体操となすべきじゃ。従来の不生産式体操と自《おのずか》ら撰《せん》を異にするじゃ。」
特務曹長「閣下、何とぞその訓練をいただきたくあります。」
大将「ふん。それはもちろんよろしい。いいか。
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では、集れっ。(総《すべ》て号令のごとく行わる。)ション。右ぃ習え。直れっ。番号。」
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兵士「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、」
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兵士|伍《ご》を組む。
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大将「前列二歩前へおいっ。偶数《ぐうすう》一歩前へおいっ。」
大将「よろしいか。これから生産体操をはじめる。第一果樹|整枝《せいし》法、わかったか。三番。」
兵卒三「わかりました。果樹整枝法であります。」
大将「よろしい。果樹整枝法、その一、ピラミッド、一の号令でこの形をつくる。二で直るいいか」
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大将|両腕《りょううで》を上げ整枝法のピラミッド形をつくる。
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大将「いいか。果樹整枝法、その一、ピラミッド。一、よろし。二、よろし、一、二、一、二、一、やめい。」
大将「いいか次はベース。ベース、一、の号令でこの形をつくる。二で直る。いいか。わかったか。五番。」
兵卒五「はいっわかりました。ベース。盃状《はいじょう》仕立であります。」
大将「よろしい。果樹整枝法その二、ベース一。」
兵卒「一、」
大将「二、一、二、一、二、一、二、やめい。」
大将「次は果樹整枝法その三、カンデラーブル。ここでは二枝カンデラーブル、U字形をつくる。この時には両肩《りょうかた》と両腕とでUの字になることが要領じゃ、徒《いたずら》にここが直角になることは血液|循環《じゅんかん》の上からも又《また》樹液運行の上からも必要としない。この形になることが要領じゃ。わかったか。六番」
兵卒六「わかりました。カンデラーブル、U字形であります。」
大将「よろしい。果樹整枝法その三、カンデラーブル、はじめっ一、二、一、二、一、二、一、二、やめい。」
大将「よろしい。果樹整枝法その四、又その一、水平コルドン。はじめっ。一、二、一、二、一、二、一、二、一、やめい。」
大将「次はその又二、直立コルドン。これはこのままでよろしい。ただ呼称だけを用うる。一、二、一、二、よろしいか。八番。」
兵卒八「直立コルドンであります。」
大将「よろしい。果樹整枝法、その四、又その二、直立コルドン、はじめっ、一、二、一、二、一、二、一、二、一、やめい。」
大将「次は、エーベンタール、扇状《せんじょう》仕立、この形をつくる。このエーベンタールのベースとちがう所は手とからだとが一平面内にあることにある。よろしいか。九番。」
兵士九「はいっ。果樹整枝法その五、エーベンタールであります。」
大将「よろしい。果樹整枝法、その五、エーベンタール、はじめっ、一、二、一、二、一、二、一、やめい。」
大将「次は果樹整枝法、その六、棚《たな》仕立、これは日本に於《おい》て梨《なし》葡萄《ぶどう》等の栽培《さいばい》に際して行われるじゃ。棚をつくる。棚を。わかったか。十番。」
兵士十「果樹整枝法第六、棚仕立であります。」
大将「よろしい。果樹整枝法第六棚仕立、はじめっ。一」
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(兵士ら腕を組み棚をつくる。バナナン大将|手籠《てかご》を持ちてその下を潜《くぐ》りしきりに果実を収む。)
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バナナン大将「実に立派じゃ、この実はみな琥珀《こはく》でつくってある。それでいて琥珀のようにおかしな匂《におい》でもない。甘《あま》いつめたい汁《しる》でいっぱいじゃ。新鮮なエステルにみちている。しかもこの宝石は数も多く人をもなやまさないじゃ。来年もまたみのるじゃ。ありがたい。又この葉の美しいことはまさに黄金《きん》じゃ。日光来りて葉緑を照徹《しょうてつ》すれば葉緑黄金を生ずるじゃ。讃《たた》うべきかな神よ。」
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(将軍籠にくだものを盛《も》りて出《い》で来る。手帳を出しすばやく何か書きつく、特務曹長に渡《わた》す、順次列中に渡る、唱《うた》いつつ行進す。兵士これに続く。)
バナナン大将の行進歌
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合唱「いさおかがやく バナナン軍
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マルトン原に たむろせど
荒《す》さびし山河《さんが》の すべもなく
饑餓《きが》の 陣営《じんえい》 日にわたり
夜をもこむれば つわものの
ダムダム弾や 葡萄弾
毒瓦斯《どくガス》タンクは 恐《おそ》れねど
うえとつかれを いかにせん。
やむなく食《は》みし 将軍の
かがやきわたる 勲章と
ひかりまばゆき エボレット
そのまがつみは 録《しる》されぬ。
あわれ二人の つわものは
責に死なんと したりしに
このとき雲の かなたより
神ははるかに みそなわし
くだしたまえる みめぐみは
新式生産体操ぞ。
ベースピラミッド カンデラブル
またパルメット エーベンタール
ことにも二つの コルドンと
棚の仕立に いたりしに
ひかりのごとく 降《くだ》り来し
天の果実を いかにせん。
みさかえはあれ かがやきの
あめとしめりの くろつちに
みさかえはあれ かがやきの
あめとしめりの くろつちに。」
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]幕。
底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年6月15日発行
1994(平成6)年6月5日13刷
※底本で、「バナナン大将」「バナナン軍団」の「ン」はすべて小書きです。
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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